回復の腰を折った最大の要因は、中東情勢のさらなる緊迫化だ。同紛争は年初、企業が値上げや品不足に先手を打って「在庫の積み増し」に走ったことで、皮肉にも製造業PMIを押し上げる需要要因として作用していた。しかし、S&Pグローバルが「戦争由来の供給ショックが深刻化している」と明言する通り、5月にはその一時的な需要増が完全に剥落。残ったのは、航路混乱による物流コストと原材料価格の高騰という「純粋な供給ショック」だけである 。
最も警戒すべきシグナルは新規受注だ。緊急在庫の積み増しという「人工的な需要」が消えた5月、新規受注は再び減少に転じた 。
需要の失速はすぐに生産現場に波及した。製造業生産指数は前月の52.3から 51.0 へと低下し、4カ月ぶりの低水準となった 。5カ月連続の拡大基調はかろうじて維持したが、その勢いは明らかに減速している。生産活動の先行指標となる購買活動量も、拡大はわずか3カ月目にとどまった 。
5月調査で最も顕著な変化は、コスト圧力の急激な強まりだ。S&Pグローバルは「戦争による供給ショックが深刻化している」と断じている 。製造業の投入価格インフレは加速し、エネルギーや原材料費の高騰を受けて、企業は販売価格(産出価格)への転嫁を急いだ。企業がコスト増を顧客に転嫁する動きが広がれば、インフレの一層の定着につながりかねない 。
このインフレ圧力は、国際物流の混乱から来ている。中東情勢の緊迫化により紅海やスエズ運河の航路が混乱し、サプライヤーの納品リードタイムは5月にさらに長期化した 。部品や原材料の調達リードタイムが延びることは、生産活動を制約するだけでなく、運賃プレミアムという形で製品原価を直接押し上げる要因となる。
需要低迷とコスト上昇を受け、ユーロ圏の製造業は5月も人員削減に動いた。S&Pグローバルは、雇用の減少が前月よりも「広範なセクターに及んだ」と指摘している 。これは回復局面の初期に見られた慎重ながらも雇用を増やす動きが、はっきりと逆回転し始めたことを示している 。
製造業PMIの減速は、欧州経済全体の急激な冷え込みと同時進行している。5月のHCOBユーロ圏総合PMI(速報値)は 47.5 と、好不況の境目である50を割り込み、2023年10月以来の深い景気後退を示した 。
これは欧州中央銀行(ECB)にとって悪夢のような組み合わせだ。景気全体が冷え込む中でも、紛争由来の供給ショックが投入・産出の両面で物価を押し上げる「スタグフレーション」の様相を呈している。
S&Pグローバルの分析は、この戦争に起因する供給ショックが、ECBが利下げの前提とする「ディスインフレ(インフレ鈍化)の道筋」を直接脅かしていると指摘する 。金利を据え置けば景気の重荷となる一方で、拙速に利下げに動けば、目標の2%を超えるインフレ期待を固定化させかねないという難局に直面している。
今後のシナリオは、中東情勢の展開に大きく左右される。仮に紛争が沈静化すれば、物流のボトルネックが解消され、資源価格が落ち着くことで新規受注も息を吹き返す可能性がある。しかし、混乱が長期化・深刻化すれば、特にサービス部門の低迷が続くようだと、製造業PMIは再び「50」の大台を割り込むリスクがある。市場参加者の次の焦点は、6月初旬に発表される見通しの5月「確報値」だ 。