これは、多数の小型衛星を低軌道(LEO)に配置し、国防総省専用の安全かつ高速な通信ネットワークを構築するという計画だ。軍事用語で言えば「宇宙空間に構築する国防総省のインターネット」である 。
このネットワークは、衛星間の光レーザー通信リンクを駆使し、世界中のセンサーから得た標的情報や諜報データを、地上の中継局を一切経由せずに、ミサイルや戦闘機などの「射撃プラットフォーム」へと瞬時に転送することを目的としている 。契約では、スペースXは2027年末までに完全に機能するプロトタイプを納入することが求められている。このシステムは以前「MILNET」と呼ばれていたもので、スペースXの軍事用衛星プラットフォーム「スターシールド」を基盤としている 。
そのわずか3日後、5月29日には、さらに大規模な契約が発表された。「宇宙配備型先進移動目標識別(SB-AMTI)」プログラムに関する41億6000万ドルの契約である 。
これは、ドナルド・トランプ大統領が提唱する「ゴールデン・ドーム」ミサイル防衛構想の要となる計画だ。この構想は、弾道ミサイルや極超音速ミサイルの脅威から米本土を守る、総額1850億ドル規模の多層的な防衛シールドを目指す壮大なプロジェクトである 。
SB-AMTIシステムは、宇宙空間に配置されたセンサー、安全な通信リンク、そしてAIを活用した地上データ処理を統合し、他国の航空機やミサイルを宇宙から追跡する能力を提供する 。宇宙軍は、従来の航空機による監視を補完する「センシング層」および「追跡層」として、2028年までに衛星群の配備を開始する予定だ 。なお、スペースXはこのSB-AMTI計画の複数の参加企業の一つであり、宇宙軍は今後1年以内に追加の契約を発注する方針を示している 。
これら2件の契約を合わせると、スペースXは1週間で総額64.5億ドルの新たな宇宙軍事業を獲得した計算になる。それは、同社が史上最大のIPOへと突き進む矢先の出来事だった 。
スペースXは、ティッカーシンボル「SPXC」としてナスダック市場への上場を予定しており、その規模は約750億ドル(約8兆2500億円)と、IPOとして過去最大になると報じられている 。
しかし、同社が提出した250ページに及ぶ目論見書(S-1)には、投資を検討する誰もが立ち止まるべき、厳しい現実が開示されている。
2025年の連結収益の20.9%、金額にして187億ドルのうち約39億ドルが、「米国政府」という単一の顧客からのものだった 。この比率は2024年には24.2%、2023年には25.2%と、ここ数年、慢性的かつ構造的な依存が続いている。目論見書には「他に連結収益の10%以上を占める顧客は存在しない」と率直に記されている 。
さらに同社は「リスク要因」として、政府との契約は「政府の一方的な都合で打ち切られる可能性があり、連邦政府の歳出優先順位の変更によって容易に消滅しうる」こと、そして政府機関との協力関係は「政権交代、新たな優先事項、規制ルール、予算レベルの変動に直接的に左右される」ことを明記し、警告している 。
このリスクをより深刻にしているのは、スペースXが本業の営業利益ベースで赤字であるという事実だ。目論見書によれば、同社は2025年に26億ドルの営業損失を計上しており、2026年第1四半期も赤字が続いている 。スターリンクを中心とする通信事業が114億ドルの収益と44億ドルの営業利益を生み出すドル箱である一方、会社全体ではまだ黒字化を達成できていないのである 。
民間宇宙旅行や火星移住計画、そしてグローバルな衛星インターネット網という「夢」を前面に打ち出すスペースX。しかし、IPO書類が明らかにした現実は、より「地球的」で、より「政治的」なものだ。
同社の成長は、米国の国防費支出と深く結びついており、IPOのわずか数週間前に確定した64.5億ドルの契約は、その依存度の高さを改めて強調するものである 。同社自身、政府案件よりも自社の「軌道上コンピューティング目標」を優先する可能性があると警告しており、それが「規制当局との関係に影響を与え」、法的な問題を引き起こすかもしれないとまで言及している 。
政権交代、予算の再配分、あるいは契約の見直し――そのどれか一つで、スペースXは収入の5分の1を一夜にして失う可能性がある。継続的な営業赤字と組み合わさったこの顧客集中リスクは、同社が法的に開示を義務付けられた「重大な懸念事項」である。歴史的な株式公開「SPXC」デビューに際し、投資家は「惑星間航行」という壮大な野望の物語と、この厳しい現実とを、慎重に天秤にかけなければならない。