Vivodyneの中心的な主張は、AI創薬は「モデルの問題」以前に「データの問題」を抱えている、というものだ。AIは創薬標的や分子、実験案を素早く提案できる一方、学習データの多くが動物、単離細胞、タンパク質、あるいは観察結果に偏っていると、複雑なヒト組織が薬剤にどう反応するかを十分に予測できない。
Vivodyneのアンドレイ・ジョージスクCEOは、現在のAI設計薬は、まだ人間が設計した薬より大幅に優れているわけではないと述べ、その大きな理由として、モデルが学習できる関連性の高い実験データの不足を挙げている。25
同社がこの課題への解決策として開発するのが、ヒト組織を大規模に培養し、投薬し、観察・解析するモジュール型の自律実験室プラットフォーム「HIVE」だ。
相関だけでは、薬の作用は分からない
創薬モデルは、生体内の特徴と病気の結果との関連性を見つけられる。しかし、それだけでは、特定の組織に特定の用量の薬剤を投与したとき、システムが実際にどう変化するかは分からない。
そこでVivodyneが重視するのが「摂動(perturbation)」だ。これは、条件を意図的に変え、その結果として組織に何が起きたかを測定する手法である。同社の説明では、「治療Xを用量Yで投与すると、組織Zが測定可能な形で変化する」という、創薬により直接役立つ関係を得られる。プラットフォームは、ヒト組織への制御された実験を通じて、細胞レベルの因果性データを生み出すことを目指している。2
この違いは重要だ。生物学的な条件が不十分だったり、患者の体とはかけ離れたデータで学習したモデルは、実際には人で再現しない予測を高い確信度で出す可能性がある。Vivodyneは大規模モデルが無意味だと主張しているわけではない。モデルを大きくするだけで、実験データの質やヒトとの関連性も同時に高まるとは限らない、という立場だ。1725
HIVEはどのように動くのか
HIVEは、ロボット工学、マイクロ流体技術、組織工学、自動投薬、生物学的な測定技術を組み合わせたシステムだ。Vivodyneによると、20種類のヒト組織を培養し、薬剤などの介入を加えたうえで、時間の経過に伴う変化を追跡できる。117
中核となるのは「TissueDisk」だ。同社によれば、1枚のディスク上で数百個の独立したヒト組織を並行して培養・投薬できる。各組織モデルには約20万〜50万個の細胞が含まれ、治療薬をより生理的に近い形で届けるため、組織固有の立体的な血管ネットワークを備える場合もあるという。24
想定される実験の流れは次の通りだ。
- 標準化したヒト組織モデルを培養する。
- 薬剤、用量、遺伝的変化、または複数の介入を加える。
- 分子、細胞、機能レベルの反応を測定する。
- 結果を解析し、次の実験設計に反映する。
つまり、研究室を個別の試験の集合ではなく、データを継続的に生産するシステムへ変えようとしている。得られるのは、単に組織が生き残ったかどうかだけではない。どのように変化したのか、いつ変化したのか、どの細胞が影響を受けたのか、用量や併用条件によって結果がどう変わったのかまで記録できる可能性がある。
動物実験や単一細胞の研究で見落とされること
動物モデルは、全身への影響を調べるうえで依然として有用だ。しかし、動物で機能した生物学的メカニズムが、ヒトでも同じように働くとは限らない。種の違いは、薬物代謝、毒性、免疫反応、病気の仕組み、複数組織の相互作用に影響する。
単一細胞やタンパク質を対象にした試験も重要な情報を提供するが、多細胞構造や、薬の作用を左右する生理的な環境の多くが取り除かれている。
こうしたずれが、前臨床試験では有望だった候補薬が、ヒトを対象とする開発段階で失敗する理由の一つになる。Vivodyneは、候補薬が高額な患者試験に進む前に、より早い段階でヒト組織に基づく安全性・有効性の情報を加えたいと考えている。113
ただし、培養組織は完全な人体ではない。全身の薬物動態、臓器間のシグナル、長期的な免疫反応、患者ごとの違い、病気のすべての特徴を再現できるとは限らない。そのため、現段階では臨床研究に取って代わるものというより、単純化された実験と臨床試験の間をつなぐ可能性のある手法と見るべきだろう。
Vivodyneが報告している実績
Vivodyneは、複数の組織モデルに対して20種類の化学療法薬を試験した結果を公表している。同社によると、肝臓モデルのヒト薬物毒性予測精度は94%、気道モデルのヒト組織挙動との一致率は96%、骨髄モデルはその試験セットで100%の一致に達したという。17
これらの数字は注目に値するが、慎重な解釈が必要だ。現在確認できる資料では、これらは会社が報告した性能に関する主張である。複数の薬効分類を対象にした大規模な独立検証や査読済みの再現研究が確立されたこと、またHIVEの予測が従来の前臨床プログラムと比べて臨床承認率を高めたことまでを示すものではない。
Vivodyneはまた、12基のHIVE実験室を備え、年間310万件の制御された生きたヒト組織実験を実施できる施設を発表している。これはプラットフォームの処理能力に関する規模の主張であり、それだけで実験結果が臨床的に予測力を持つことを証明するものではない。37
資金調達と事業面の支援
同社は2023年、Khosla Venturesが主導し、Kairos Ventures、CS Ventures、MBX Capital、Bison Venturesが参加した総額3,800万ドルのシード資金調達を発表した。9その後、ロボット工学とAIを活用したヒト組織試験基盤を拡張するため、4,000万ドルの資金調達も公表している。7
この資金は、実験生物学をAIの基盤インフラとして扱う戦略を支えるものだ。まず標準化された大規模データセットを作り、それを使って治療効果の予測を改善し、次に行うべき実験を絞り込むという考え方である。
臨床試験はどう変わる可能性があるのか
HIVEの予測力が、独立した前向き研究で確認されれば、薬の開発には主に3つの変化が考えられる。
失敗を早期に見つける
効果が弱い候補薬や、許容できない毒性を持つ候補薬を、患者に投与する前に開発優先度から外せる可能性がある。臨床段階での失敗をなくすわけではないが、根拠の弱い候補が試験に進む数を減らせるかもしれない。
候補薬と用量の選択を改善する
複数の用量や組織環境で試験できれば、どの候補薬を先に進める価値があるのか、どの用量範囲を臨床で調べるべきかを判断しやすくなる。Vivodyneは、このヒトデータ基盤を創薬、ADME(吸収・分布・代謝・排泄)や毒性評価、臨床試験設計まで活用できるとしている。13
AIモデルに、より実用的な学習データを与える
介入と反応を繰り返し記録することで、治療が組織レベルの生物学的結果にどう結びつくかを示す学習データをAIに提供できる可能性がある。長期的には、ヒト生物学をより広く表現する計算モデル、いわゆる「ワールドモデル」の構築を目指している。8
もっとも、その成否はデータの量だけでなく、質、再現性、多様性、外部検証にかかっている。組織モデルが実際の患者集団を十分に代表していなかったり、測定値が人での転帰を予測しなかったりすれば、実験数を増やしても必ずしも有用性は高まらない。
併用療法は重要な試金石になる
併用療法では、薬剤の組み合わせ、用量、投与順序、タイミング、組織環境など、複数の変数を同時に検討する必要がある。ヒト組織プラットフォームなら、こうした組み合わせを体系的に調べ、相乗効果を探しながら、患者に投与する前に毒性も確認しやすくなる可能性がある。
単一の薬剤では複雑な病気の経路の一部にしか作用できない場合、この利点は特に大きいかもしれない。ただし、ここでも限界は残る。組織実験が示せるのは、モデル化された生物学の範囲内での相互作用だ。臨床結果には、吸収、分布、代謝、免疫反応、臓器間の作用、患者ごとのばらつきも影響する。
結論:大きなAIより、現実に近いデータを
Vivodyneは、AI創薬の次の進歩はアルゴリズムを単純に大型化することではなく、より良い実験的な裏付けから生まれると見ている。HIVEは、20種類の培養ヒト組織に対して大規模かつ制御された実験を行い、その結果を構造化された生物学的データに変換するために設計されている。117
この発想は、前臨床研究をヒトへ移行する際の現実的な弱点に向き合っている。単純化された系で学習・検証されたモデルは、人の体内で起きることを確実には予測できない可能性がある。
一方、Vivodyneが示す性能値や運用規模は、現時点では会社発表の証拠にとどまる。決定的なのは、独立した検証によって、HIVEの予測が候補薬の選択を改善し、臨床段階での失敗を減らし、学習に使っていない組織や薬剤にも通用するAIモデルを生み出せるかどうかだ。