イランの防衛ラインのもう一つの柱は、環境保護だ。イラン環境庁の高官アルマン・ホルサンド氏は、航行する船舶から「環境リスクに対する課金」をすることは国際海事法に明確な根拠があると主張し、ペルシャ湾の船舶交通によって引き起こされる不可避の環境損害への補償だと位置づけている 。
イランはまた、UNCLOSが領海(沿岸から12カイリ以内)での「無害通航」を認める一方、沿岸国に規制権限も与えている点に着目する 。ホルムズ海峡は狭く、航路はイランとオマーンの領海を通過するため、管轄権が及ぶというのがイランの理屈だ。
しかし、この解釈は国際的に広く否定されている。バルセロナ大学の国際法教授ジャウメ・サウラ氏は、この課金体制を「国際法に反する現代の海賊行為」と一刀両断し、単なる通過行為に対して料金を課してはならず、航行の自由は損なわれてはならないと明言する 。湾岸協力会議(GCC)や国際海運団体も、この措置を違法と非難している
。
イランは事実上の支配を制度化する動きを加速させた。2026年5月には、海峡通過の許可と料金徴収を担う「ペルシャ湾海峡庁(PGSA)」を正式に設立 。海運情報誌「ロイズ・リスト」によれば、船舶は出航前に通過許可を得て通行料を支払う新たな枠組みが導入され、船舶所有者や保険、乗組員、積荷、航路などの詳細情報を提出することを義務付けている
。
これは、一国の政府が戦略的要衝(チョークポイント)での通行料を暗号通貨で徴収する、史上初の事例である。支払いはビットコイン(BTC)、USDT(ドル連動型ステーブルコイン)、または中国人民元のみで受け付けられる 。この制度は、イスラム革命防衛隊(IRGC)と関係の深い仲介機関を通じて運営されている。
ブロックチェーン分析企業のチェイナリシスとTRM Labsは、このオペレーションの実態を独自に記録。海運会社は、支払って米国の制裁対象となるか、拒否して拿捕の危険を冒すか、という二者択一を迫られることになった 。
ワシントンの対応は多層的かつ攻撃的だ。
軍事衝突と通行料制度の複合効果は壊滅的だ。ホルムズ海峡の船舶通航量は2026年2月下旬以降「ほぼ封鎖状態」にある 。通常時のわずか4%未満にまで落ち込んだとの報告もあり、世界の石油・液化天然ガス(LNG)供給量の約2割を運ぶ大動脈は、実質的に閉ざされた
。
事実上の航路閉鎖は、世界的なエネルギーショックを引き起こした。ただでさえ逼迫している代替供給路ではホルムズ海峡の喪失分を補えず、原油・LNG価格は急騰。この燃料危機は、米国とイランの紛争がもたらした経済的帰結の象徴となっている 。
イランとともに海峡の主権を共有するオマーンは、耐え難い外交的板挟みに陥っている。イランの駐仏大使は、テヘランとマスカットが恒久的な「共同通行料」制度について協議中であることを認め、オマーンにも財政的な利害が生じる構図を示唆した 。
しかしワシントンからの圧力は強烈だ。ベッセント財務長官は、オマーン大使から「通行料を導入する計画は一切ない」との確約を個人的に得たと述べている 。一方、2026年6月4日、オマーンはイランとの関係断絶を求める米国の要求を公然と拒否。テヘランとの対話は国際法に則ったものであり、国際海事機関(IMO)との協議を経た上でのみ進めると反論した
。歴史的に中立の調停役を務めてきたオマーン王室は、巨額の利益と西側同盟国との破局という、厳しい選択を迫られている
。
人民元と暗号通貨での支払いを強制することで、イランは世界のエネルギー市場におけるドル支配を覆す戦略を露骨に実行している。PGSAのシステムは制裁回避の新たなテンプレートであり、一国が戦略的要衝をマネタイズしながら米国主導の金融システムを回避できることを証明してみせた 。
法曹・地政学アナリストは、イランの通行料制度が生き残れば危険な前例を作ると警告する。他の沿岸国もこれに追随し、マラッカ海峡やバブ・エル・マンデブ海峡などの要衝を一方的に「有料化」する可能性がある。これは、何十年にもわたって世界貿易を支えてきたUNCLOSの通過通航の枠組みを組織的に破壊し、法の予測可能性を強制的な課金制度の寄せ集めに置き換えることを意味する 。
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