業界の長期見通しも、決して明るくはない。ある市場レポートは、2026年から2035年までの燐化インジウム基板市場について「需要ではなく、供給側の能力によって制約される、持続的な高成長」が基本シナリオだと断じている 。
NVIDIAは手をこまねいているわけではない。同社は2026年3月、光部品大手のルメンタム(Lumentum)とコヒレント(Coherent)にそれぞれ20億ドル、計40億ドルを投じ、数十億ドル規模の複数年購入契約を結んだ 。さらに、コーニング(Corning)との複数年契約に5億ドルを投じ、米国での光接続部品の生産能力を10倍に拡大する計画も発表した
。
しかし、この桁外れの“札束攻勢”をもってしても、InPのボトルネックを早期に解消することはできない。その理由は、資金ではなく「時間」と「物理的制約」にある。
1. 「新工場が動く」までに2年かかる
新たなInP基板の生産ラインを立ち上げてから、顧客の厳しい品質試験をパスし、実際に出荷できるようになるまでには、18~24カ月もの長い「認定サイクル」が必要だ。今日、投資を決断しても、出荷が始まるのは早くて2027年以降になる 。
2. 世界で5~6社しか作れない「ニッチの極み」
高品質なInP基板を安定的に生産できる企業は、世界でわずか5~6社に限られている。実質的に量産できるのはAXTと住友電気工業など2~3社のみと言われ、サプライチェーンは極めてもろい。需要が急増しても、代替調達が極めて難しい 。
3. 製造装置も“数年待ち”
InPの成膜に必要なMOCVD(有機金属気相成長)装置やMBE(分子線エピタキシー)装置の受注残は、すでに2027年までパンパンに詰まっている。装置を動かす熟練オペレーターも慢性的に不足しており、物理的なスループットが決定的な生産の天井となっているのだ 。
4. トップ企業でさえ「需要の3割を満たせない」
世界市場の50~60%のシェアを持つ最大手ルメンタムのCEOは、2026年初めに「顧客需要の30%ほどを下回る出荷しかできていない」と告白。20%の増産を行った後ですら、「需要と供給の不均衡は前より拡大している」と述べた 。同社の全生産能力は、2027年末までの「長期契約」で既に売り切れている。
今回のInP供給危機は、単独で起こった事件ではない。急成長するAI需要と、それに追いつけない「遅い」部材サプライチェーンとの構造的ミスマッチが、これまでにもいくつもの「ボトルネック」を生み出してきた。
まず、AI半導体に不可欠な広帯域メモリ(HBM)。大手DRAM/HBMメーカー3社は軒並みフル稼働であり、ここが最初の壁となった 。次に、GPUクラスタ間をつなぐ光トランシーバー自体も大きな制約となった
。
そして今、最も深刻な制約条件として、その光トランシーバーの心臓部であるInPレーザーと基板の不足がクローズアップされているのだ。あるサプライチェーンアナリストは、この状況を「壊滅的レベル」の不足と評し、InP関連のレーザーと光学デバイスについては「完全な惨事」とまで言い切った 。ゴールドマン・サックスも2026年のレポートで、InP基板をはじめとする複数の電子部品について、「需給ギャップは過去4カ月で拡大し続けており、2027年より前に反転する可能性は低い」との見方を示している
。
HBM → 光トランシーバー → InP基板──これらの供給不足に共通するのは、「認定に何年もかかる」「サプライヤーが超少数精鋭」「製造装置は数年のバックオーダー」という、共通の構造的弱点だ。データセンターからのAI向け光部品需要が、2030年まで年平均成長率85%で増加すると予測される今 、このInP危機が最後の「首」になるとは到底思えない。
Comments
0 comments