ゾンジアン・チェンは、Appleの「先端技術グループ(Advanced Technologies Group)」を率い、すでに自社製モデムの開発など、中核的なハードウェアプログラムを統括している 。2週間前に行われた大規模な組織再編により、新ハードウェア責任者ジョニー・スルージが彼の権限をモデム以外の領域にも拡大していた。今回、血糖値プロジェクトもその指揮下に加わった形だ
。
前任者のティム・ミレーは、プロジェクトの初代責任者である科学者ビル・アサスが2022年に急逝した後、2023年9月にこの探索的取り組みを引き継いだ 。Apple Siliconへの移行を主導したことで知られるミレーの起用は、チップ開発組織の規律をチームに注入する狙いがあった
。これに対し、チェンの就任は、プロジェクトをプラットフォームアーキテクチャ部門から完全に切り離し、実際にデバイスを世に送り出すハードウェアグループの直下に置くことを意味する。
今回のリーダー交代は、Appleのハードウェア組織全体で進行中の大規模再編の一環に過ぎない。2026年初頭に最高ハードウェア責任者に昇格したジョニー・スルージは、早々に二段階の組織再編に着手した。第一段階では、スルージ自身がこれまで直接担当してきた責任を部下に委譲。続く第二段階として、2026年5月19日には、長年製品デザインを統括してきたケイト・バージェロンを製品信頼性担当に異動させ、彼女のデザイン業務を二人の副官であるシェリー・ゴールドバーグとデイブ・パクラに分割するなど、製品デザイン管理の大改革が発表された 。
この再編の狙いはスピードだ。E5をチェンの指揮下に置くことで、スルージは実績あるリーダーの下に先端技術を集約し、有望な研究を製品パイプラインに近づけようとしている。ガーマン記者の報道によると、Apple内部では、今回の異動はチェンが「技術開発を加速させ、最終的な消費者向け製品にまで昇華させる」段階に達したことを示すものだと見る向きが多い 。
Appleの無侵襲血糖値測定への挑戦は、今から15年以上前、スティーブ・ジョブズ時代に端を発する 。「E5」と名付けられたこの構想は、ジョブズ自身の指示によって動き出したとされる。2010年、彼は光学的なグルコース測定を研究していた小さなスタートアップ「RareLight」を買収するようAppleに命じたのだ
。
開発は、Apple社内でも最高レベルの機密性を誇るスカンクワークス部門「探索的デザイングループ(XDG)」の下で進められている 。チームはすでに基本的な科学原理を証明する「主要なマイルストーン」を達成しており、2023年初頭には概念実証段階に達していた
。過去のBloombergの報道によれば、このプロジェクトには数百人のエンジニアが関わり、iPhoneほどのサイズのプロトタイプが作られてきた
。
E5が採用しているのは、「シリコンフォトニクス」と呼ばれる光センサー技術だ。皮膚を穿刺する代わりに、シリコンチップに内蔵されたレーザー光を皮膚を通して皮下の間質液に照射する。特定の波長の光がどれだけ吸収されるかを測定することで、グルコース濃度を推定する仕組みである 。
この光学的な手法は、従来の持続血糖測定器(CGM)の多くが採用する、微小なフィラメントを皮下に挿入する電気化学的方式とは一線を画す。Appleが賭けているのは、シリコンフォトニクスが最終的に、Apple Watchに収まるほど小型でありながら、医療機器レベルの精度を無侵襲で実現できるという可能性だ。この小型化こそが、iPhoneサイズの試作機から先に進むための、最後に残された大きな技術的ハードルの一つとなっている 。
リーダー交代は、製品化までのタイムラインを変えるものではない。ガーマン記者の2026年5月26日付のニュースレターは、この機能が今年のApple Watchに搭載されることはなく、来年も難しいと明言している 。現時点での課題は、もはや物理的な原理の証明ではない。AppleのXDGチームはすでにそれを成し遂げた。今、立ちはだかるのは、ハードウェアを腕時計サイズに縮小すること、ヘルスケアセンサーとして期待される信頼性と精度の基準を満たすこと、そしてAppleの膨大な出荷規模で製造できるようにすることだ。
特に医療機器としての精度は、非常に高いハードルである。糖尿病患者が使用するコンシューマ向けグルコースモニターは、臨床精度に関する規制基準を満たす必要が出てくる可能性が高く、通常のコンシューマエレクトロニクスの発売とは比較にならないほど厳格なテストと認証のプロセスが求められる。ガーマン記者をはじめとするAppleウォッチャーたちは、この機能を一貫して「ムーンショット」、つまり成功が極めて難しいが、15年以上もの間、出荷日未定のまま追求され続けている壮大な挑戦だと評してきた 。
Apple Watchのヘルスセンシング機能の進化は、同社の重要な差別化要因だ。中でも血糖値モニタリングは、いまだ搭載されていない機能の中で最も要望の多いものの一つであり続けている。今回のリーダー交代は、WhoopやOuraといった画面のないウェアラブルデバイスとの競争が激化する中、Appleがこの取り組みにより一層の技術的リソースを投入していることを示している 。
しかし現時点で伝えるべきことは、勝利宣言ではなく、あくまで「前進」だ。Appleは正しい方向に駒を進めている。それは、実績ある製品化のリーダー、スルージの下でのより明確な指揮命令系統、そして初期研究ではなく先端ハードウェア開発部門に属するという組織上のポジショニングだ。プロジェクトE5は確実に進歩を遂げている。しかし、Appleのスケールでの「進歩」は遅く、すべての報道に付きまとう「製品化は数年先」という但し書きは、依然として揺るぎないものとして存在している。
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