人間の代わりに工場や家庭で働く人型ロボットには、テキストや静止画像ではなく、実際の人間が物体を握る角度、手首の返し方、指の圧力、動作のタイミングを連続的に捉えた一人称視点の映像が不可欠だ。これを「エゴセントリックデータ」と呼ぶ。カメラは頭部に装着され、手元を真下に見下ろす角度で固定される
。
薬学部の学生であるナイジェリア人労働者「ゼウス」(仮名)は、自分の小さなスタジオで週に何度も皿洗いや洗濯物をたたむ姿を録画する。時給は15ドル。彼は「退屈だが、この国の失業率を考えれば悪くない仕事だ」と語る。
収録された映像は人間とAIの両方によってフレーム単位で注釈づけされ、「手を開いた」「物体をつかんだ」「離した」などの動作がラベル付けされる。その規模は圧倒的で、Figure AIは2026年4月だけで約150台の人型ロボットを製造。各ロボットを訓練するには数十億時間に及ぶ実世界の動作データが必要とされる
。
この仕事の報酬は居住国によって大きく異なり、グローバルな労働裁定取引(ラボ・アービトラージ)の深刻な実態が浮かぶ。
Micro1創業者のアリ・アンサリ氏はロサンゼルス・タイムズに対し、ブラジル、アルゼンチン、インド、米国でデータを収集していると語った。Objectways創業者のラビシャンカル・ラジャリンガム氏はCNNに対し、提出された映像の約半分は使用に適さないと認めている
。
MITテクノロジー・レビューの調査によると、労働者には撮影ガイドとタスクリストが渡されるが、下流のAIアプリケーションについての有意義な情報はほとんど提供されない。あるインド人工場労働者はガーディアン紙の取材にこう語った。「ロボットに仕事を奪われたら、誰が私たちに給料を払ってくれるんですか?」
。
頭部に固定されたカメラは、配偶者、子供、その他の家族や、台所、リビング、寝室といったプライベートな室内環境を不可避的に記録する。一人称視点は本質的に侵襲的であり、タスクそのものだけでなく、労働者の家庭内の全視覚的文脈を捉えてしまう
。
Micro1は労働者に対し、顔を映さない、氏名や電話番号を口にしないよう求め、AIと人間のレビュアーによる二重のフィルタリングを実施していると主張する。しかしそれでも、映像には家の内部、私物、日常のルーティンが収められる
。寝室での撮影を拒否する参加者もおり、労働活動家は「動作を商業データセットに符号化される人々に継続的な報酬やロイヤリティを支払うべきか」という未解決の問いを提起している
。
労働者とコメンテーターの間で繰り返し語られる感情がある。「これらの録画は、工場や家庭で働くはずの人型ロボット――まさに自分たちがいま従事している仕事――を訓練するために使われている」というものだ。タミル・ナードゥ州の縫製工場で、労働者は頭部に小型カメラを装着し、シャツをたたむ。カメラは手首の正確な角度、指の把持圧力、各折り目のミリ秒単位のタイミングを記録する
。その映像はOpenAI、Nvidia、Googleと連携するロボティクス研究室のデータパイプラインに流れ込む
。
この産業の規模はMicro1やObjectwaysをはるかに超えている。インドはエゴセントリックデータ収集の世界的ハブとして急速に浮上しており、Humyn AI、FPV Labs、Egodata、Neocambrian、XP Robotics、Scale AI、CynLrなど、ロボット企業向けのデータパイプラインを構築する企業群が軒を連ねる。
インド電子情報技術省(MeitY)は、カメラヘッドセットで労働者の自宅内を録画するスタートアップ(Human Archiveを含む)に対するプライバシー調査を開始した。同意慣行が焦点となっている。この調査は、家事代行サービスProntoがオプトイン式のビデオ録画をテストしていたことを受けて開始された
。
この越境的慣行を統治する包括的な労働・データプライバシー枠組みは、まだ存在しない。人型ロボット訓練データ市場は、数十カ国にわたり、まちまちの労働法とプライバシー保護規定しかない規制のグレーゾーンで運用されている。
この慣行は三重の緊張関係の中心にある。すなわち、一部にとっては価値ある高賃金の仕事(ナイジェリアの時給15ドル)と、他者にとっての貧困レベルの賃金(インドの1~2.60ドル)の対立、人型ロボティクスへのゴールドラッシュ的データ市場と映像使用に関するほぼ皆無の透明性の対立、そして親密な家庭内瞬間の収集と脆弱または不在の同意プロトコルの対立である。規模は50カ国以上に及び、規制対応は――とりわけインドで――ようやく始まったばかりだ。