この募集規模は、2019年にサウジアラムコが記録した294億ドルという従来の記録をはるかに凌駕する数字だ 。日程としては、6月11日に公開価格が決定され、翌12日からナスダック・グローバル・セレクト・マーケットで取引が開始される予定である
。引受幹事はゴールドマン・サックスとモルガン・スタンレーが務め、ブルームバーグの報道によれば、価格決定前からすでに需要が供給を上回る「オーバーサブスクライブ(超额申込)」の状態にあるという
。
また、より広範な投資家の参加を促すため、IPO株の最大30%が個人投資家向けに割り当てられる。これはシュワブ、フィデリティ、ロビンフッド、ソーファイ、E*TRADEといったプラットフォームを通じて提供され、総額230億ドルという個人投資家の参加額としても過去最高を記録する見込みだ 。
AI関連株の上昇相場は以前から過熱感が指摘されていたが、スペースXのIPO日が近づくにつれ、売り圧力は急激に加速した。ここで鍵となるのは、ファンダメンタルズ(基礎的条件)の悪化ではない。半導体の需要は依然として堅調だ。問題は資金調達の「力学」にある。750億ドル分のスペースX株を買うには、投資家は現金を用意しなければならない。そして彼らは、これまでに最も値上がりした資産を売却するのだ 。
マイクロン・テクノロジーは、この力学を象徴する事例である。同社は2026年度第1四半期(9月-11月期)の決算がガイダンスの上限を大きく上回り、通期でも過去最高の売上高を見込むと発表したにもかかわらず、株価は6月6日に13.25%急落し、2025年4月以来の最悪の取引日となった 。アナリストによる理論株価は約507.88ドルと、当時の株価を約70%も下回る水準にあり、そもそも割高感がくすぶる中で、資金調達目的の換金売りが集中した形だ
。JPモルガンのリサーチによれば、個人投資家は直近数ヶ月、マイクロンやSKハイニックスのようなメモリー関連株に資金を投じてきたものの、ほとんど利確(利益確定売り)を行っておらず、資金が必要になった際の「格好の換金対象」となったという
。
アナリストの試算では、個人投資家とパッシブ(指数連動型)投資家だけで、合計500億ドルもの他銘柄の売却がスペースX株購入のために発生する可能性がある。さらに、IPO後に株価が堅調に推移すれば、ナスダック100指数への組み入れに伴うインデックス・ファンドからの強制的な買いが加わり、市場の歪みがさらに拡大する恐れがある 。上場から約15日後には、スペースXは巨額の時価総額に応じた高いウェイトでナスダック100に組み入れられる見込みで、連動ファンドは既存の保有銘柄を売却してスペースX株を購入せざるを得なくなるのだ
。
こうした中、フランスの大手金融機関BNPパリバは顧客向けのレポートで、スペースXのIPOが半導体株への「特異な売りの波」を引き起こす可能性があると警告し、市場で注目を集めている 。BNPパリバの主張の核心は「集中リスク」だ。米国のレバレッジドETF(上場投資信託)の運用資産残高は過去最高の1750億ドルに達しており、その資金は半導体やナスダック連動型の商品に極端に集中している。個人投資家がスペースX株の購入代金を工面するためにこれらのETFを売却すれば、真っ先に売られるのは半導体銘柄というわけだ
。
「これまで最も値上がりしたセクターは半導体だ」と、ある市場分析は指摘する 。この売り圧力は、エヌビディアの好調な業績やSKハイニックスの高帯域幅メモリー(HBM)の強固な契約状況といったファンダメンタルズの悪化に起因するものではなく、単純に、巨大な資金調達イベントの規模感そのものによって駆動されている点が特徴的である
。
なお、注目すべきは、BNPパリバ自身が第4四半期にマイクロン株の保有を1032.4%も増やし、保有株数を約3万7631株(約1120万ドル相当)にまで積み上げていたという事実だ。これは同レポートの対象期間において、同行が売り手ではなく「買い手」であったことを示している 。さらに遡ると、2026年1月にはBNPパリバ・エグザンがマイクロンの目標株価を270ドルから500ドルに引き上げ、投資判断「アウトパフォーム」を維持していた
。つまり、同行のIPOに伴う売り圧力への警告は、半導体株に対する根本的な弱気見通しではなく、あくまで市場の流動性メカニズムに対する技術的な警戒感を反映したものと考えられる。
この衝撃は米国市場だけに留まらない。アジア市場は、ウォール街のハイテク株急落を受け、6月8日の月曜日から下落局面に入ることを覚悟する展開となった 。韓国のKOSPI(韓国総合株価指数)は、米国のインフレ指標の発表とスペースXのナスダック上場という二つのイベントに左右される見通しで、アナリストからは利益確定の動きが強まる可能性が警告されている
。サムスン証券のパク・ヘラン研究員は、「この記録的なIPOが世界市場の流動性を吸収し、短期的なショックを引き起こす可能性がある」と指摘した
。
シンガポールでも、スペースXに続くOpenAIやAnthropicといった大型上場の見通しが市場の話題を席巻した。アナリストは、これら3社の巨額な資金調達が「世界の投資資金のかなりの部分を吸い上げ、投資家の関心を他のハイテク株から逸らす可能性がある」と警告した 。こうしたセンチメントの変化は暗号資産市場にも波及し、ビットコインは一時6万ドルを割り込み、約2年ぶりの安値を記録。ただし、ビットコインからの資金流出が直接スペースXのIPOに向かったという確固たるオンチェーンデータは、今回の各種報道からは確認できなかったことを付記しておく
。
世界の市場参加者が資金捻出に奔走する一方で、中東諸国の政府系ファンド(SWF)は、この巨大トレードの「受け手」側、つまり「勝ち組」としての絶好のポジションにいる。複数の中東系ファンドは、スペースXやAnthropicへの初期段階の投資から、企業の上場に伴い巨額のリターンを得る見込みだ 。目標とする時価総額を基準にすれば、スペースXのわずか1%の株式保有でも、その価値は約150億ドルに達すると見積もられている
。
中でもサウジアラビアの公共投資基金(PIF)は、スペースXのIPOにおいて約50億ドル相当の「アンカー投資(基幹投資家としての大口引き受け)」を行う方向で最終的な協議を続けていると報じられている。この動きは、PIFが現在保有する1%弱の株式の価値が新株発行により希薄化するのを防ぐと同時に、同国のSWFを今回のIPOにおける筆頭格の外部投資家とするものだ 。この協議はロイター通信によって2026年4月2日に初めて報じられたが、依然として流動的で、拘束力のある合意には至っていない
。
アブダビに拠点を置くMGXはすでにOpenAIとスペースXの両方に出資しており、カタール投資庁(QIA)やムバダラ投資会社も様々な上場前の投資ラウンドを通じてエクスポージャーを有している 。中東勢の特異な点は、IPO資金を捻出するために手持ちの株を売る必要がなく、むしろ初期の支援者として利益を確定させつつ、公開市場でも「買い手」として参加しうる立場にあることだ
。
6月12日の上場は、市場の歪みの第一段階に過ぎない可能性がアナリストの間で指摘されている。予測される第二段階は、スペースXがナスダック100指数に組み入れられるタイミングだ。その際、指数に連動するパッシブ・ファンドは機械的なリバランス(資産配分の再調整)を強いられ、既存の構成銘柄に対する追加的な売りが発生する 。
もっとも、楽観視できる材料もある。投資調査会社モーニングスターは、スペースXの理論価値を「内在価値より55%高い」と評価しており、同社はxAIとの合併に伴う約49億4000万ドルの損失も引き継いでいる。このIPOは、完璧な事業遂行能力にかける「ベット」であることを意味している 。しかしながら、調達資金の使途の78%がすでに計画として固まっており、株式の供給不足感がバリュエーションへの疑念を覆い隠している市場環境を鑑みると、短期的な需要面では強固な基盤が存在していると言えるだろう
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