LedgerのEthereumアプリでは、一部の「クリア署名(clear signing)」処理に、取引の表示と実際の署名対象を置き換えられる可能性がある不具合がありました。最悪のケースでは、Ledger本体の画面には正当な取引の詳細が表示され続ける一方、端末が別の悪意あるリクエストに署名する恐れがあります。39
Ledgerによると、社内のセキュリティチーム「Donjon」が問題を発見し、TestMachineが公表する前に修正しました。修正はEthereumアプリのバージョン1.22.2として2026年8月12日に提供されています。TestMachineが調査結果の公表を始めたのは8月21日でした。569
何が問題だったのか
この脆弱性は、Ledger本体と接続先のホストやdAppの間でやり取りされるAPDU(Application Protocol Data Unit)コマンドの処理に関係していました。
通常のクリア署名では、Ledgerが取引データを受け取り、送信先や金額、スマートコントラクトの操作内容などを画面に表示します。利用者は端末上の情報を確認してから、物理的に承認します。
報告された攻撃では、WebHID経由でLedgerに接続できる悪意あるウェブサイトやdAppが、最初の取引を利用者が確認している間に、2つ目のAPDUコマンドを送信できます。複数の署名要求が競合することで、画面に表示された取引と、最終的に署名されるリクエストを同じ一つの署名セッションに確実に結び付けられない状態が生じました。3715
その結果、単に取引が失敗するのではなく、利用者が無害に見える操作を承認したつもりでも、端末が悪意あるトークンの無制限承認や送金など、別の内容に署名する可能性がありました。これは、ハードウェアウォレット上で取引内容を確認してから承認するというクリア署名の前提を損なうものです。110
バージョン1.22.2でどう修正されたのか
LedgerのEthereumアプリ更新では、問題のあった署名処理が修正されました。コード変更に関する技術報告によると、バージョン1.22.2では、すでに確認中の署名セッションを新しいセッションで置き換えられないようにし、アプリの状態が現在のリクエストと一致しない場合は承認コールバックを拒否します。10
LedgerのCTO(最高技術責任者)であるCharles Guillemet氏は、DonjonがAIを利用した脆弱性検出ツールで問題を発見し、8月12日に修正を展開したと説明しています。一方、公開されたリリースノートは詳細なセキュリティアドバイザリーではなく、簡潔なセキュリティ修正の告知にとどまっていたと報じられています。356
この違いは利用者にとって重要です。アプリを更新すれば、今後の署名処理には修正が適用されます。しかし変更内容の説明が少ないと、何が修正されたのか、直ちに対応すべきなのかを端末の所有者が判断しにくくなります。
TestMachineとAzimuthによる公表
TestMachineは、同社のAIエージェント「Azimuth」が自律スキャン中に問題を発見し、Ledger Flexで挙動を検証したと説明しています。8月21日から23日にかけて公開した投稿では、取引の確認中に悪意あるdAppがAPDUコマンドを競合させ、署名対象を置き換えられる可能性を示しました。また、Ethereumアプリを搭載したすべてのLedgerが影響を受けると広く主張しました。4715
この公表によって、Ledgerがすでに修正済みだとする脆弱性に注目が集まりました。TestMachineは報奨金を辞退したとも述べていますが、Ledgerは両社間の連絡や開示の経緯について異なる説明をしています。1612
「先に発見したのは誰か」をめぐる対立
争点は脆弱性の存在や修正版の提供そのものではなく、主に非公開の発見時期と開示までの経緯です。
Guillemet氏の説明では、Donjonが問題を発見して修正し、TestMachineが公表するおよそ2週間前に修正版を提供しました。そのうえで、TestMachineの公表が不要な不安を広げたと批判しています。6712
一方、TestMachineは、Azimuthが独立して問題を発見・検証したと主張しています。また、Ledgerが静かに修正版を提供しただけでは、利用者にリスクを十分知らせたことにならないと訴えました。715
現時点で確認できる報道は、8月12日の修正版提供日と、8月21日から23日にかけての公開投稿の日付を裏付けています。ただし、両者の非公開での発見日や連絡内容、開示に至る完全な時系列を独立して確定できる情報はありません。したがって、これらの詳細は確定事実ではなく、両社の主張が食い違っている部分として扱う必要があります。56912
影響を受ける可能性があるLedger製品
TestMachineの広範な主張は、Ethereumアプリと署名処理の共通コードに基づいています。ただし、同社が実機で検証したと報告しているのはLedger Flexです。関連するコードを共有している可能性がある現行の製品群として、Nano S Plus、Nano X、Stax、Flexが報じられています。2720
これは、すべてのLedgerモデルで完全な実証が済んだことを意味しません。2026年8月24日時点で、「Ethereumアプリを搭載したすべてのLedgerが影響を受ける」という表現は研究側の主張であり、各製品ラインで再現された完全なクロスデバイス検証結果ではありません。共通ソフトウェア経路が存在する可能性と、各端末で公開実証されたかどうかは分けて考える必要があります。
資金流出は確認されたのか
2026年8月24日時点で、この脆弱性に直接結び付く資金盗難について、独立して確認された報告はありませんでした。また、影響を受けるとされたすべてのLedger端末を対象にした完全な公開実証も確認されていません。25614
ただし、これは脆弱性が実際には悪用されなかったことの証明ではありません。確認できる報道の範囲で被害が報告されていなかった、という意味にとどまります。利用者が信頼する取引確認画面を無効化できる可能性があった点で、問題自体は重大でした。
Ledger利用者が取るべき対応
- Ledger Liveを開く
- Ethereumアプリをバージョン1.22.2以降に更新する
- Ledger本体のファームウェアと、インストール済みアプリも最新状態に保つ
今回の署名置換の問題に対する直接の対策は、ファームウェア更新だけではなく、Ethereumアプリの更新です。515
更新後も、端末上での取引確認は省略しないでください。承認前に、Ledgerの画面に表示された送信先、金額、コントラクト操作の内容を確認することが重要です。バージョン1.22.2は報告されたセッション置換の経路に対処しますが、取引内容を自分で確認してから署名する習慣は、引き続き基本的なセキュリティ対策となります。