エゼル氏と支持者らは命令を拒否し、アンカラにあるCHP本部に立てこもった。三日間に及ぶ籠城の後、5月24日、アンカラ県知事の命令を受けた機動隊が突入した 。警官隊は催涙ガス、唐辛子スプレー、ゴム弾、バール、ハンマーを使用し、バスや家具で築かれたバリケードを突破。解任された執行部を強制的に排除した
。
建物内からの映像には、警官隊がガラス扉を破壊する中で催涙ガスが充満する様子が捉えられていた 。エゼル氏は裁判所命令書のコピーを破り捨てた後、雨の中を議会へと向かう行進を先導し、断固として抵抗する姿勢を示した
。彼はこの日の出来事を、民主的な野党を抑圧しようとする暴力的なエスカレーションだと糾弾した
。
これに屈することなく、エゼル氏はCHPの牙城であるイズミルでの集会を呼びかけた。地元知事による5日間のデモ禁止令にもかかわらず、5月25日から26日にかけて数千人がローザンヌ広場に集結し、トルコ国旗を振り、民主主義を訴えるスローガンを叫んだ 。エゼル氏は妻と娘を伴って参加し、クルチダルオール氏に対し、新たな党首選挙のための党大会を開くよう要求した
。
機動隊は催涙ガスと放水砲でこれに応じ、群衆を解散させた 。エゼル氏が演説を行う前から、警官隊は放水砲を使って群衆の行く手を阻んだ
。この暴力的な鎮圧は、解任された党首が公的支援を動員するのを物理的に阻止しようとする政府の強い決意を浮き彫りにした。
こうした劇的な一幕は、突如として起こったわけではない。2024年10月にまで遡る、CHPに対する広範な締め付けの最新局面である。
アナリストの多くは、今回の裁判所判断とそれに続く警察行動を、エルドアン大統領の最も強力な政敵を無力化する戦略的試みと見ている 。エゼル指導部の下、CHPは2024年3月の地方選挙でイスタンブール、アンカラ、イズミルなどの主要都市を制し、エルドアン氏の選挙での優位を打ち破り、次期国政選挙に向けて野党を現実的な脅威として位置づけた
。
エゼル氏は、2023年大統領選でエルドアン氏に敗れたクルチダルオール氏よりも精力的で、党内をまとめる人物と見なされ、党を活性化させたと評価されていた 。より選挙での競争力が低く、「冷静さ」と党内での解決を呼びかけるクルチダルオール氏を復帰させることで
、裁判所は事実上CHPを内部から弱体化させ、党内危機を深刻化させた
。
エゼル氏への弾圧は、イマモール氏の拘束の背後にある論理と鏡写しの関係にある。将来の国政選挙を前に、最も人気のある二人の野党指導者を排除し、エルドアン氏に深刻な選挙上のライバルを残さないようにする、という論理だ 。
ヒューマン・ライツ・ウォッチ(HRW) は厳しい批判を展開している。2026年5月22日、HRWは裁判所の判断を「民主的プロセスを損なう司法介入」であり、CHP指導部を排除する政治的な動きだと非難した 。同団体はこれに先立つ2026年3月3日にも、イマモール氏を「政治的な動機に基づく大量の汚職訴追」の中心人物と表現し、彼の釈放を求めていた
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政治的混乱は経済的にも影響を及ぼしている。ロイター通信は、5月21日の決定が「政治危機を激化させ、金融市場を動揺させ、タイイップ・エルドアン大統領の23年に及ぶ支配を長引かせる可能性がある」と報じた 。ブルームバーグは、この判決を受け、下落するトルコリラを防衛するために国有銀行が約60億ドルを売却したと報じている
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5月21日の裁判所判断、CHP本部への暴力的な警察突入、そしてイズミル集会への弾圧は、危険な転換点を示している。これらは一連の出来事として、司法と警察を通じて主要野党を解体し、最も人気のある指導者を無力化し、2024年地方選での躍進後に現れた選挙上の脅威を排除しようとする持続的なキャンペーンの中で、最も攻撃的な段階を形成している。そしてこれら全てが、民主主義の後退が深刻化し、国際的な警戒感が高まる中で展開されているのだ。