第21ステージは当初、トワリーからパリまでの133kmのコースが計画されていたが、山火事による「異常事態」のため、わずか89kmに短縮された。通常、レースの警備に当たるはずの治安部隊が、ジロンド県で発生した大規模火災の消火活動に再配備されたためだ。主催者ASOは7月25日、ステージをトワリーではなくシャンゼリゼ通りからスタートし、モンマルトル周回コースの前に同通りを2周追加する形に変更すると発表した。チーム紹介はトワリーで行われたが、選手たちはバスでパリ市内へ移動した。
この決定は「国民的連帯」の精神に基づくものとされた。ASOは声明で、「被災地域やコミュニティとの連帯の精神に基づき、トワリーからパリへの最終ステージのルートを変更することを決定した」と述べている。
2026年の山火事シーズンは、西ヨーロッパでは数十年ぶりの深刻なものとなった。フランスとスペインは記録的な猛暑と干ばつに煽られた同時多発的な大火災と戦った。7月下旬までに両国で合計32万5000人以上が避難。これは第二次世界大戦後、欧州では最大級の避難規模である。
主な数字:
科学者らは、個々の山火事を直接気候変動のせいにはできないとしながらも、火災をより激しくする背景条件(極度の暑さ、干ばつ、乾燥した植生)は温暖化によってはるかに起こりやすくなっていると指摘する。
2026年の欧州の夏は異常に厳しかった。ワールド・ウェザー・アトリビューションは、熱波が調査対象地域で「これまでに記録された中で最も深刻」であり、気候変動なしにその強度を説明することは「事実上不可能」だと結論付けた。国連の世界保健機関(WHO)は、気候変動が山火事を激化させ、その頻度を増しており、気温上昇と乾燥状態が山火事シーズンを長期化させていると報告している。
2度の総合優勝を誇るヨナス・ヴィンゲゴーは、第15ステージ(7月19日)で落車し、レースを去った。残り約20kmの地点で、ロータリーの縁石に前輪を取られた。この落車には、チームメイトのセップ・クス、UAEチームのイサク・デル・トロとブランドン・マクナルティも巻き込まれた。ヴィンゲゴーは鎖骨を骨折し、手術が必要となったため、2026年のツールを去ることになった。
ヴィンゲゴーの落車からわずか数時間後、レムコ・エヴェネプールがタデイ・ポガチャルをスプリントで破り、プラトー・ド・ソレゾンに設定された第15ステージを制した。これはエヴェネプールにとってツール・ド・フランス初のロードステージ勝利(それまではタイムトライアルでのみ勝利)だった。この勝利で彼は総合2位に浮上し、ポガチャルとの差は5分となった。
7月13日、ポガチャルは酷暑がレースに影響を与える中、サイクリングカレンダーの変更を訴えた。すでに第9ステージは高温警報により30km短縮されていた。ポガチャルは「もし私に権力があるなら、カレンダーをすべて変え、7月や8月に暑い場所でレースはしない」と語った。彼のコメントは、前例のない暑さの中でレースが行われたことを受けてのものだった。
異常な暑さ、歴史的な山火事、そして大規模なスポーツイベントの衝突は、ツール・ド・フランスの伝統的な7月開催の妥当性に疑問を投げかけた。2026年が数十年で最悪の山火事シーズンとなり、科学者がその激化に気候変動が関与していると指摘する中、主催者は将来の大会に向けて、カレンダー、ルート計画、安全プロトコルの見直しを迫られる可能性が高まっている。