報道によると、台湾海巡署は2026年5月7日、中国調査船「Tongji」を台湾本島南端の鵝鑾鼻(エルアンビ)から南東約29海里、つまり約53.7キロの地点で確認しました 。台湾ニュースは、この位置が台湾の制限水域ラインの外側0.5海里にあたり、同船が5日連続で監視されたと報じています 。
ここが重要です。公表情報上、少なくとも報告された地点では、Tongjiは制限水域の内側ではなく、そのすぐ外側にいました 。そのため今回の争点は、「境界線を越えた船を追い払った」という単純な話ではなく、境界付近での調査行為そのものが台湾側の許可なく行われた疑いにあります。
5月11日、台湾海巡署はTongjiの「違法」作業を妨害し、退去させたと発表しました 。ただし、公開報道は海巡署の主張について、詳細な法的根拠までは示していません。
台湾側が疑いを強めたきっかけは、Tongjiがケーブルまたはロープを海中に下ろしていたことでした。海巡署は、これが科学観測機器の投入であり、無許可の水文調査にあたる可能性があると見たとされています 。
水文調査のデータは、海流や水温、海中環境の把握につながるため、海洋安全保障上も敏感に扱われます。台湾周辺の中国調査船をめぐる過去の報道では、別の調査船について、音響センサー、気象レーダー、海底地形調査、無人潜航機の運用能力などが取り上げられてきました 。そのため台北は、調査活動を純粋な学術目的だけとは受け取りにくい状況にあります。
一方で、ここには線引きも必要です。今回参照できる公開資料は、Tongjiが特定の軍事任務を遂行していたことまでは証明していません。裏付けられるのは、台湾海巡署が無許可の水文調査を疑い、その疑いを根拠に介入したという点です 。
公表情報から追える対応は、大きく次の流れです。
ロイター系の報道も、台湾側がTongjiのロープ投入を確認した後、自らの船艇を向かわせたと伝えています 。ただし、どの巡視船が関与したのか、分単位でどのように接近・警告したのかといった詳細な運用経過は、公開情報では明らかになっていません。
グレーゾーンとは、全面的な軍事衝突には至らないものの、相手に監視、証拠収集、警告、巡視船の派遣といった対応を強いる行動を指します。台湾の海巡署は軍ではなく、沿岸・海上の巡視と法執行を担う非軍事機関として説明されていますが、こうした状況では最前線で対応する役割を負います 。
今回のTongji事案がその文脈で読まれる理由は、主に三つあります。
第一に、相手が海軍艦艇ではなく「調査船」だったことです。軍艦ではないため、危機としての見え方は抑えられますが、台湾側には監視と判断を迫ります 。
第二に、場所が制限水域のすぐ外だったことです。0.5海里という距離は、法的にも政治的にも神経質になりやすい境界付近での行動だったことを示します 。
第三に、同様の海上事案が繰り返されていることです。台湾は2025年にも、北方海域に入った中国調査船2隻を退去させたと発表しています 。また台湾海巡署は、中国海警船やその他の中国政府船が、金門、東引、烏坵、東沙など台湾が管轄する離島の周辺で、協調して進入または活動していると繰り返し発表してきました 。
海巡署は別の声明で、中国側が「法執行パトロール」を口実に台湾の水域で日常的な嫌がらせを行っているとも非難しています 。こうした背景があるため、台北はTongjiの接近を単発の科学航海ではなく、海上での圧力拡大の一部として捉えているのです。
今回の公開情報には限界があります。参照できる資料の中心は、台湾海巡署の発表、台湾メディア、ロイター系報道であり、Tongji事案に関する中国政府側の詳細な説明は含まれていません。また、実際にどの機材が海中に下ろされたのか、どのようなデータが収集されたのかも、独立して確認されているわけではありません。
したがって、現時点で最も確実に言える結論は絞られます。台湾海巡署は、鵝鑾鼻付近でTongjiによる無許可の水文調査を疑い、5日間監視したうえで警告・退去させた。そして台北は、この事案を中国が台湾周辺で強めていると見る海上グレーゾーン圧力の一例として位置づけている、ということです 。