これは全仏オープンにおいて、男子第1シードがここまで早く敗退した2000年のアンドレ・アガシ以来の出来事だった 。重要な点として、熱中症による痙攣は通常、選手本人のコンディション不良とみなされ、正式なメディカルタイムアウトの対象にはならない。しかし今回は、シナーにコートを離れることが認められており、一部の関係者からは異例の判断との見方も出た
。
シナーが消え、カルロス・アルカラスも怪我で欠場したことで、ノバク・ジョコビッチは新たな本命として翌日同じコートに姿を現した。前人未到のグランドスラム25度目の優勝を目指す24回のメジャー覇者にとって、3回戦の相手は19歳のブラジル人、ジョアン・フォンセカ(世界ランク30位)だった 。
ジョコビッチが第1、第2セットを6-4、6-4で奪い、試合を完全に掌握したかに見えた。しかし、フォンセカは決して屈しなかった。強烈なグラウンドストロークと、火の出るようなサーブを武器に、第3セットを6-3、第4セットを7-5で奪い返す。そして迎えた最終第5セット。4時間53分にも及ぶ死闘の末、フォンセカが7-5で制し、勝利を収めたのだ 。
最終セット、ジョコビッチは5-4とリードしながら、試合を決めきれなかった。彼の輝かしいキャリアの中で、2セットアップからの逆転負けは今回がわずか2度目。最初の一度目もまた、2010年のこのパリでのことだった 。フォンセカはグランドスラムでジョコビッチを倒した史上最年少の選手となり、試合後にはネット越しに深い敬意を込めた抱擁を交わした
。
シナーの身体が限界を迎え、ジョコビッチのマラソンマッチが5時間近くに及ぶ中、試合後の議論を支配したのは一つの疑問だった。「なぜ大会の『酷暑ポリシー』は一度も発動されなかったのか?」
「灼熱」や「うだるような暑さ」と表現され、外気温が摂氏32度を超えていたにもかかわらず、会場で計測されたWBGTの数値は、重要な基準値を下回っていたとみられる 。複数の報道によると、シナーの身体的異変が起きている最中でさえ、大会の酷暑時対策は第1週を通じて一度も発動されなかった
。大会関係者は、フィリップ・シャトリエとスザンヌ・ラングランコートの開閉式屋根についても、単に気温が高いだけでは自動的に閉じられず、こちらも特定のWBGT基準を満たす必要があると説明している
。
フランスの有力紙「ル・モンド」は、これらの対策が発動されるには「30.1°C超えの気温と高湿度」がリアルタイムの計測値で同時に記録される必要があると指摘。パリでは「前例がない」組み合わせだと報じた 。
一連の事態を受け、ノバク・ジョコビッチは言葉を濁さなかった。彼はローランギャロスの暑さ対策プロトコルに疑問を呈し、何も実施されなかったことで「全仏オープンには暑さに関するルール自体が存在しない」と当初は考えていたと発言。その上で、オーストラリアオープンをモデルにした日中の試合中断か、あるいは気温が穏やかな夕方以降へのスケジュール変更という、二つの具体的な改革案を公に要求した 。
テニス専門メディア「TennisUpToDate」は、過去の物議を醸した大会からの教訓が2026年に反映され、酷暑対策が発動された際には「ためらうことなく外コートでの試合が中止された」とも伝えている。しかし、この説明は、大物選手たちが苦しんでいた第1週に、広範な報道が「対策は発動されなかった」と伝えている事実と矛盾しており、その整合性を取るのは難しい 。
シナーとジョコビッチが2日のうちに相次いで姿を消したことで、男子ドローはまったく新しい局面を迎えた。フォンセカの4回戦進出は、世代交代の到来を告げるものだ。若さと持久力がモノを言う過酷な環境で、19歳が39歳のレジェンドを打ち負かした 。
男子フィールドに一人としてグランドスラム優勝経験者が残っていないという未曽有の状況が、歴史的な結末への舞台を整えている。しかし、2026年全仏オープンの最終的な遺産は、おそらく「天候」、そして多くの選手たちの目には彼らを守るべき時に守らなかった「無力なルール」のものになるだろう 。
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