しかし、2026年5月までに、この取引を支えていた根本的な不安心理に亀裂が入り始め、その結果として発生した資金流出の規模は、歴史的なものとなりました。
ビットコインからの資金流出は特に激しく、米国の現物型ビットコインETFを通じて可視化されました。投資家は5月15日から6月3日までの13取引日連続で資金を引き揚げ、これは2024年1月のETF誕生以来、最長の連続流出記録となりました 。この記録的な流出額は合計で約43.7億ドルに達し、ブラックロック社の「iシェアーズ・ビットコイン・トラスト(IBIT)」だけで全体の約33億ドルを占めました
。
反転のスピードは驚異的でした。3月と4月には、これら同じETFに合計32.9億ドルを超える資金が流入していたのです 。しかし5月下旬までに、2026年の年初来純流入額はわずか5.36億ドルにまで減少し、その年の上げ幅をほぼ全て帳消しにしました
。
「通貨価値毀損トレード」のもう一方の柱も、同じ運命をたどりました。2026年初頭まで強い需要に支えられていた金ETFは、5月に急激な逆流を経験しました。ワールド・ゴールド・カウンシル(WGC)は、金現物裏付けETFが大幅な純流出を記録し、中国など主要市場で8カ月続いていた資金流入の連続記録が途絶えたことを確認しています 。
金価格もこれに追随して急落しました。6月中旬までに、現物金価格は1オンス約4,111ドルと6カ月ぶりの安値に沈みました。これは、一週間で6.3%もの下落を記録した結果であり、3月中旬以来の最大の下げ幅です 。
暗号資産と貴金属のETFの両方で同時進行したこの清算現象こそ、JPモルガンの分析を特徴づけるものです。パニギルツォグルー氏は「これは投資家がビットコインを売って金を買うような、『資金のローテーション』ではない」と強調しました。彼らはインフレヘッジに関連する全ての資産から、同時に手を引いているのです 。
この大規模なポジション解消の直接的な引き金は明らかで、地政学的リスクの劇的な再評価です。
2026年5月を通じて、米国とイランの間で重要な外交的進展が見られました。トランプ大統領が協議は「最終段階」にあると示唆し、米国上院で戦闘終結に向けた合同決議案が提出される動きも表面化したのです 。これらの進展により、原油や「ハードアセット」の価格に織り込まれていた地政学的な「リスクプレミアム」に風穴が開きました。
論理はシンプルです。「通貨価値毀損トレード」の背景には、長引く紛争が原油価格を高騰させ、軍事費を膨張させ、結果として法定通貨の価値を毀損するという懸念がありました 。外交交渉が進むにつれて、最悪のシナリオが想定される「テールリスク」は後退し、原油価格の落ち着きとインフレ期待の低下が状況を決定づけました。その結果、ビットコインや金といったヘッジ資産を保持する緊急性が薄れ、代わりに株式などのリスク性資産に資金が向かう強力な「リリーフ・ラリー」が発生したのです
。
流出額のデータは衝撃的ですが、これを「通貨価値毀損トレードの死」と解釈するのは早計でしょう。JPモルガンの表現は慎重で、「崩壊」ではなく「冷却」という言葉を用いています 。証拠が示すのは、特定のきっかけによって引き起こされた戦術的かつ循環的なリスクの価格再調整であり、長期的な投資テーマそのものが否定されたわけではないのです。
重要な違いは、「誰が売っているのか」にあります。市場観測筋は、資金を引き揚げている投資家は主に、地政学的プレミアムの剥落に反応しているトレーダーや短期的な資金運用を行う機関投資家であり、長期保有を前提とする投資家ではないと指摘しています 。ここが非常に重要なニュアンスです。
トレーダーがリスクを落とす一方で、最も強固な投資家層は動じていません。例えば、中国人民銀行(中央銀行)は、金価格が下落した5月においても金の購入を継続しており、公的セクターにおける防衛的資産保有の信念は揺らいでいないことを示しています 。
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