JPモルガンがイラン戦争について「ベースライン見通しがない」としたことは、原油市場にとって重いシグナルだ。市場を動かしているのは、いつ供給が戻るかを通常の経済モデルで見通せる局面ではなく、軍事・外交の結末と航路の安全性が読めない局面だからである。
同行は開戦当初、原油価格が1バレル100ドル超、米国のガソリン価格が1ガロン5ドル近辺、米10年債利回りの上昇といった経済的な「レッドライン」が、ホルムズ海峡の再開に向けた合意を促すとみていた。しかし、紛争はその想定を超えて継続した。JPモルガンの商品戦略チームは、紛争の「終盤をどうモデル化すればよいのか分からない」と説明している。
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「ベースラインなし」は何を意味するのか
通常、ベースライン予測は企業、投資家、中央銀行が需給や価格を判断する際の中心シナリオになる。JPモルガンがそれを置けないというのは、すべての価格シナリオの確率が同じという意味ではない。
問題は、タンカーが安全に航行できるのか、輸出設備の被害はどの程度か、武装勢力による攻撃が続くのか、合意が成立してもいつ実務上の輸送・保険・生産復旧につながるのか――市場の核心変数を一本の筋道に並べられないことにある。
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したがって、早期終結を示す政治的な発言だけでは、原油市場にとって十分な材料にならない。価格の持続的な低下には、少なくとも次のような実態面の改善が必要だ。
- タンカーが主要海峡を継続的かつ安全に通航できること
- 船舶保険が引き受けられ、輸出ルートが稼働すること
- 湾岸地域の生産・輸出が回復すること
- エネルギー施設や船舶を狙う攻撃が減少・停止すること
原油ショックは「供給量」だけでなく「物流」の問題へ
国際エネルギー機関(IEA)は9月の見通しで、2026年の世界の石油供給量が日量平均1億70万バレルとなり、2025年から570万バレル減少すると予測した。正常な湾岸の石油フローが戻る時期も、2027年へずれ込むとみている。8月には世界の石油在庫が日量310万バレル相当減少しており、追加的な供給障害を吸収する緩衝材も小さくなっている。
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紛争初期にはブレント原油が1バレル100ドルを超え、JPモルガンも湾岸からの輸出が妨げられる場合の大きな上振れリスクを指摘してきた。
14 ただし、指標価格だけでは全体像は分からない。原油の現物調達、タンカーの航路、製油所が必要とする原油の種類、軽油など石油製品の供給は、地域ごとに異なる形で逼迫し得る。
サウジの東西パイプラインが止まる重み
サウジアラビアの東西パイプラインへの攻撃は、とりわけ重要である。このパイプラインは、ホルムズ海峡を使えない原油を紅海沿岸のヤンブー港へ送る迂回ルートとして機能してきた。
報道では、停止によって日量約400万バレル、世界の石油供給の約4%がリスクにさらされる可能性があるとされる。
23 海峡の通航制約に対する代替手段まで失われれば、問題は単なる船舶輸送の混乱から、より広い輸出制約へと変わる。
バブ・エル・マンデブ海峡など、複数の小さな障害が重なる
石油市場は、失われた生産量の大きさだけで反応するわけではない。原油が適切な製油所へ届くか、精製製品が消費地へ運べるか、代替航路が開いているかも価格を左右する。
IEAは、ホルムズ海峡の再開と、バブ・エル・マンデブ海峡の妨げのない通航を可能にする合意がなお得られていないことを理由に、供給見通しを引き下げた。
32 バブ・エル・マンデブ海峡周辺の脅威が続けば、紅海航路は遠回りや遅延を強いられる。
こうした状況では、原油、船舶、航路、製油能力は互いに完全には代替できない。世界全体で原油が存在していても、特定地域で軽油や航空燃料が不足することはあり得る。
インフレへの波及、中央銀行が無視できない理由
原油高はガソリン代を押し上げるだけではない。軽油などのエネルギー製品は物流、食品流通、製造、暖房に広く使われる。そのためエネルギー価格の上昇は幅広い物価に転嫁される一方、家計や企業の実質的な負担を増やして景気も弱める。中央銀行にとって最も難しい組み合わせの一つだ。
英国では、イングランド銀行が政策金利(Bank Rate)を3.75%に据え置いている。7月の金融政策委員会では6対3で据え置きが決まり、3人は4%への引き上げを支持した。同行は戦争がインフレに及ぼす影響をより明確に見極める必要があるとし、アンドリュー・ベイリー総裁は、必ずしも利上げに向かっているわけではないと述べた。
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それでも不確実性の幅は大きい。4月には、深刻で長引く石油価格ショックなら2027年初めにインフレ率が6%を上回り、大幅な利上げが必要になる可能性がある一方、影響が小さい場合は利上げを要しないこともあり得ると警告した。
37 不安定なエネルギー市場は、実際の利上げがなくとも、想定されていた利下げを遅らせる要因になり得る。
以前の原油予測だけで判断できない理由
JPモルガンは7月時点で、2026年のブレント原油の平均価格を第3四半期86ドル、第4四半期80ドル、年末78ドルと予想していた。需要の弱まりと在庫取り崩しの縮小による市場再均衡、そして湾岸の生産への長期的な損害は限定的との前提に基づく予測だった。
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後に紛争の終着点をモデル化できないと認めたことは、これらの価格水準が絶対に実現しないという意味ではない。ただ、点としての価格予測を支える前提が、通常の需給データに収まりにくい出来事に左右されることを示している。海峡の制約が続くこと、迂回パイプラインが止まること、新たな攻撃で保安環境が変わることは、その代表例だ。
市場が本当に落ち着いたと判断できるサイン
外交的な前向きニュースを受けて原油価格が下がっても、それだけで現物市場の正常化を意味するとは限らない。信頼できる緊張緩和とみなすには、次の動きが重なる必要がある。
- 主要水路での安定した通航と保険引受の回復
- サウジの代替ルートを含む輸出インフラの復旧
- 湾岸の生産・輸出の回復
- 商業在庫の積み増し
- 船舶・エネルギー施設を脅かす攻撃の持続的な減少
JPモルガンの警告は、「原油は必ず上がり続ける」という主張ではない。同行は、紛争が長期化するケースで原油の平均価格が現在水準を下回るシナリオや、終戦後の供給回復によってさらに下落するシナリオも示している。
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重要なのは、いずれの道筋もまだ明瞭ではないことだ。物理的な石油フローと地域の安全保障が安定するまで、原油市場には地政学的な上乗せ分が残りやすい。中央銀行も、ショックの終わりを確信できないまま、インフレリスクへの対応を迫られることになる。
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