しかし、短期間で数千人規模の逮捕が行われたことから、専門家の間ではどこまでが本来のスパイ事件なのかという点に疑問も出ている。
治安当局の発言からは、取り締まりがスパイ容疑だけに限られていない可能性も見えてくる。
ラダン司令官は、警察が敵対勢力の関係者だけでなく、国内で「不安定化や騒乱を引き起こした人物」に対する作戦も継続していると述べている。
さらに、年初に発生した反政府デモで拘束された人々は現在も釈放されていないとも説明されており、抗議活動関連の拘束が国家安全保障事件の枠組みに組み込まれている可能性がある。
この抗議運動は、深刻な経済危機やインフレ、政治体制への不満を背景に2025年末から2026年にかけて拡大し、全国の都市へ広がった。運動は次第に政治改革や体制変革を求める声へと発展し、治安部隊による強力な鎮圧を受けたと報告されている。
国際機関が示す数字からも、取り締まりの規模の大きさがうかがえる。
国連人権高等弁務官のフォルカー・テュルク氏は2026年4月、戦争開始後に4,000人以上が逮捕され、少なくとも21人が処刑されたと報告した。処刑された人々の中には、抗議運動関係者や反体制グループのメンバー、スパイ容疑者とされた人物も含まれていたとされる。
人権団体は、こうした事件の多くで国家安全保障関連の広範な罪名が使われており、裁判の透明性や適正手続きに疑問があると指摘している。
ヒューマン・ライツ・ウォッチなどの団体は、イラン国内で恣意的拘束や失踪、抗議者の大量逮捕が相次いでいると報告している。
アムネスティ・インターナショナルも、抗議運動の鎮圧後に当局が強く軍事化された治安体制を敷き、広範な拘束や集会の制限、被害者家族への圧力などが行われていると警告している。
イラン政府はこうした措置を、戦争や国内不安定化への対処として必要な安全保障政策だと説明している。
6,500人という逮捕者数は、戦時下のイランにおける国内治安作戦の規模を示す重要な指標といえる。
多くの分析者は、外部との軍事的緊張と国内の抗議運動が同時に起きる状況では、政府が国家安全保障の定義を広げ、政治的反対勢力や抗議活動を同じ枠組みで取り締まる傾向が強まると指摘する。
その結果、スパイ事件の捜査、抗議運動の鎮圧、政治的弾圧が同一の治安政策の中で重なり合う状況が生まれる可能性がある。
大量逮捕や国家安全保障罪による起訴、処刑報告の増加を受け、国連や人権団体は恣意的拘束、重い刑罰、死刑判決の増加への懸念を表明している。
批判的な見方では、戦争という非常事態が既存の政治的抑圧をさらに強める結果になっているとされる。一方でイラン当局は、外国勢力の脅威や国内の不安定化に対抗するための必要な措置だと主張している。
いずれにせよ、6,500人という逮捕数が示しているのは、単なる防諜作戦にとどまらない、戦時下のイラン社会における大規模な国内統制の強化である可能性だ。