AIの活用が最も進んでいたのは、ソフトウエア開発、システム分析、データ分析など、業務そのものがデジタル化されている業種だった。導入率が高かったのは次の3分野だ。
業種による導入の差は、デジタル基盤の有無だけでは説明できない。AIを使いやすい具体的な業務があるか、デジタルに習熟した従業員がいるか、既存の業務プロセスにAIを組み込めるかも重要になる。
そのため、先行する業種の高い導入率は、シンガポール経済全体の平均的な姿とはいえない。デジタル化の度合いが比較的低い業種や小規模企業では、導入率が大きく下がっているためだ。
AIを使い始めた企業が、実務上のメリットを感じていることは分かる。ただし、これらは導入企業による自己申告であり、シンガポール経済全体におけるAIの因果的な生産性効果を測った数字ではない。すべての企業や導入事例で同じ成果が得られることを示すものではなく、どのような企業が価値を実感しているかを示す初期的な結果と捉える必要がある。
AI導入を妨げる要因として最も多く挙げられたのは、導入・実装コストの高さで44.9%、社内の専門知識不足で42.4%だった。小規模企業では、AI戦略の不在やAIへの信頼の低さも大きな障壁となっていた。
企業規模によって、直面する課題はやや異なる。大企業では、既存システムとの統合の複雑さやデータセキュリティーへの懸念がより大きかった。すでに構築されたシステムにAIを接続し、組織全体で安全に運用する難しさが背景にあるとみられる。
つまり、問題はAIツールにアクセスできるかどうかだけではない。適切な用途を選び、導入費用を負担し、社内の能力を育て、リスクを管理し、既存の仕事の流れに組み込めるかどうかが問われている。
調査から見える初期の雇用面への影響は、職務やタスクの再設計が中心だった。AIを導入した企業の18.9%が職務内容を再設計し、13.9%がAI関連の新たな職種を設けた。一方、AIに関連して人員や採用を減らしたと回答した企業は6.2%だった。
MOMは、現段階でAIによる大規模かつ広範な雇用喪失を示す兆候はないと判断している。 これまでのところ、AIは労働者を一斉に置き換えるというより、働き方を変え、既存の仕事を補完しているという見方の方が調査結果に合っている。
もっとも、これは長期的な雇用への影響を保証するものではない。AIの導入が広がれば、従業員が変化する業務に適応し、必要なスキルを身につけ、再設計された職務や新たな役割に移れるようにすることが重要になる。
シンガポールはデジタル競争力の高さで知られているだけに、企業レベルのAI導入率が28.5%にとどまることは目を引く。デンマーク、フィンランド、スウェーデンなどとの比較は方向性を考えるうえで参考になるが、各国の調査はAIの定義、対象とする企業規模、調査時期が異なるため、数値を完全に同列に扱うことはできない。
それでも、デジタル基盤や国家レベルの準備が整っているだけでは、企業の日常業務へのAI統合は自動的に進まないという点は共通している。組織の能力、従業員のスキル、費用、AIへの信頼、データガバナンス、実用的な用途の有無が、普及の速度を左右する。
MOMの調査は、シンガポールに二つの速度で進むAI経済が生まれていることを示している。大企業やデジタル集約型の業種の一部では、すでに生産性向上が報告されている。一方で、企業の大半は検討・試験導入、あるいは導入前の段階にある。
次の課題は、AIが有効かどうかを証明することではない。より幅広い企業が、責任ある形でAIを導入できる環境を整えることだ。そのためには、導入コストを抑え、社内人材を育成し、AIへの信頼とガバナンスを高め、職務が変わる従業員を支援する必要がある。
今回の調査から導ける結論は明快だ。シンガポールのAI移行は始まっている。しかし、まだ大半の企業には届いていない。そして雇用に最初に表れている影響は、広範な置き換えではなく、仕事の変化である。