レオ14世は、AIの拡大を単なる技術革新ではなく、人間観(anthropology)や倫理の問題として捉えるべきだと指摘しました。
現代のデジタルプラットフォーム、とくにSNSのアルゴリズムは、利用者の関心を引くことを最優先に設計されています。その結果、怒りや過激な内容が拡散されやすくなり、人々が似た意見だけに囲まれる**「共感や怒りのバブル」**に閉じ込められる危険があると警告しました。
もし社会がコミュニケーションの生成や流通を機械に任せすぎれば、人間の創造性や責任、そして対話そのものが弱まる恐れがあると教皇は述べています。
メッセージの中心にあるのは、顔と声が人間のアイデンティティの象徴であるという考えです。
レオ14世によれば、人間の顔と声は単なる身体的特徴ではなく、人格や関係性を表す固有の表現です。キリスト教の理解では、人間は神の似姿として創造されており、その個別性が顔や声に現れるとされています。
したがって、ディープフェイクやAI生成メディアの問題は単なる技術的課題ではありません。教皇は、人間同士の共感や責任、実際の出会いといった関係性としてのコミュニケーションを守る必要があると述べました。
もし技術がそれらを覆い隠すなら、それは「私たちの顔を隠し、声を沈黙させることになる」と警告しています。
教皇は、AIを社会に取り入れる際の基本原則として次の三つを提案しました。
教皇は、技術だけでは問題を解決できないと強調し、倫理的判断と社会全体の責任が不可欠だと述べています。
このメッセージに呼応して、アイルランド・アーマー大司教のイーモン・マーティンも同様の警告を発しました。
彼は、現代のAIが人間の声を模倣し、顔を生成し、感情を表現しているかのような文章を作り出せる時代になっていると指摘しました。
その結果、本物のコミュニケーションと人工的なシミュレーションの境界が曖昧になり、人間の尊厳や信頼関係が損なわれる可能性があると述べています。マーティン大司教は、教会と社会が協力して「人間の顔と声」を守る必要があると呼びかけました。
今回のメッセージは、レオ14世の教皇職においてAI倫理が重要テーマになりつつあることを示しています。
いくつかの取り組みがすでに進んでいます。
レオ14世のメッセージの核心は明確です。AIは社会を大きく変える力を持つ一方で、人間を置き換えるのではなく、人間に奉仕するものでなければならないということです。
合成画像や自動生成音声、アルゴリズムによる判断が増えていく世界で、人間の顔と声、そして本物の対話を守ることは、デジタル時代の最も重要な課題の一つになるかもしれません。