研究チームは、中国・雲南省と四川省の山間部、標高2,500〜3,300メートルの青海チベット高原・横断山脈の岩石の割れ目に生える高山植物「灯架虎耳草(Saxifraga candelabrum)」に着目した 。調査した45個体のうち、実に43個体で昆虫が粘着性の腺毛に捕らえられているのが確認され、成熟した一株あたり平均71匹もの昆虫を捕らえていた 。
灯架虎耳草の茎や枝を顕微鏡で見ると、無数の毛状の構造(腺毛/トリコーム)が生えている。これが粘液を分泌し、近づく小型の昆虫(主にユスリカ類などのハエ目)を逃がさない、いわば「のり紙式の罠」だ 。さらに、この植物は香りも使って獲物をおびき寄せることも実験で示された 。
捕らえた獲物に対しては、植物は消化酵素(プロテアーゼ、特にホスファターゼ)を分泌。研究では、蛍光標識を使った「ホスファターゼ活性検出アッセイ」で、腺毛上で消化が行われていることを確認した 。
栄養吸収の決め手は「安定同位体(窒素15/¹⁵N)を使った餌付け実験」だ。研究チームは、¹⁵Nで標識したショウジョウバエを灯架虎耳草に与えたところ、植物の組織中で¹⁵Nの値が顕著に上昇することを確認。「植物が獲物から窒素を吸収した」証拠となった 。一方、非食虫のコントロール植物ではこのような濃縮は起きなかった 。
さらに、染色体レベルのゲノム解析も実施。モウセンゴケやウツボカズラなど既知の食虫植物との比較から、腺毛で消化酵素(プロテアーゼ)を作り出す遺伝子群が活発に働いていることを突き止め、植物として「食虫」に必要な遺伝子装置をすべて備えていることを証明した 。
食虫植物には矛盾がある:栄養を得るために虫を捕らえたいが、繁殖のために花粉を運んでもらう虫も“食べてしまう”わけにはいかない。灯架虎耳草はこのジレンマを、見事な「空間的・視覚的分離」で解決している 。
灯架虎耳草は、被子植物の「ユキノシタ目(Saxifragales)」、さらにその中の「ユキノシタ科(Saxifragaceae)」で初めて確認された食虫植物であり、独立した新たな食虫植物の系統を示す 。
研究者たちはここで警鐘を鳴らす。「われわれの結果は、これまで単に防御のためだとか付着用だと説明されてきた粘着腺毛を持つ多くの植物種が、未確認の食虫植物である可能性を示唆している」。つまり、自然界の食虫植物の真の数は、現在知られているよりもはるかに多い可能性がある 。「自然界には、まだ認識されていない食虫植物や、部分的に食虫特性を持つ植物が存在することを、この研究は教えてくれる」と研究チームは結論づけている 。