こうした説明が、「AIが文章そのものを書いたのではないか」という憶測を生むことになった。
彼女は2018年のノーベル文学賞受賞者であり、現代文学を代表する作家の一人だ。そのため、もしAIが創作に直接関わっているのなら大きな意味を持つとして、反応が一気に広がった。
批評家の中には、著名な作家が生成AIに頼るようになれば「機械が書く小説」が一般化するのではないかと懸念する声もあった。
議論が拡大した後、トカルチュクは5月19日に出版社とSNSを通じて声明を発表した。
そこで彼女は、公開イベントでの発言が誤って理解された可能性があるとしたうえで、次の点を明確にした。
また、AIの利用については「実務的なツール」に過ぎないと説明。具体的には、背景調査を素早く行う、情報を整理する、事実確認をする、といった用途で使うことはあるが、小説の文章そのものを生成させることはないと述べた。
今回の出来事が注目されたのは、出版業界で続く重要なテーマに触れているからだ。それは、AIを作業補助として使うことと、AIが文章を書いてしまうことの違いである。
作家の多くはすでに、検索エンジン、デジタルアーカイブ、メモアプリ、翻訳ツールなどのデジタルツールを日常的に使っている。言語モデルも、調査やブレインストーミング、情報整理などの用途では、その延長線上にあると考えられる。
しかし、AIが大量の文章を生成する場合、より深い問題が生まれる。
米国の作家団体 Authors Guild も、文章生成AIは作家という職業や文学文化にとって深刻なリスクになり得ると警告している。一方で、調査やブレインストーミングなどの補助的な用途でAIツールを使う作家が増えていることも認めている。
トカルチュクの作品は、独特の語り口や複雑な構造で知られている。『逃亡派(Flights)』や『ヤコブの書(The Books of Jacob)』のような作品は、読者にとって「人間の作家ならではの声」と結びついている。
そのため、AIに関する発言が少しでも曖昧に聞こえると、「文学の核心が変わってしまうのではないか」という不安を呼び起こした。
彼女の声明は、その境界線をはっきりさせるものだった。AIは調査や発想を助けることはあっても、物語の声や文章そのものは人間の作家が生み出すという立場を示したのである。
今回の出来事は、AIをめぐる文化的議論がどれほど敏感なテーマになっているかを示している。
多くの作家にとってAIは便利な補助ツールだが、一方で「機械が文学を書く時代」が来るのではないかという不安も存在する。
トカルチュクの説明は、その境界を明確にするものだった。AIは情報を集めたりアイデアを試したりする助けにはなるが、物語を最終的に形にするのは人間の作家自身だというわけだ。