この壁を打ち破るため、両社はカリフォルニア州サンタクララのアプライドマテリアルズ本社近郊に、シリコンバレーを拠点とする専門の研究施設を設立する計画です 。このラボは、試作段階の光学システムを量産へと橋渡しする役割を担い、過去に幾度となく訪れたARハードウェアへの過度な期待(と失望)の繰り返しからの脱却を目指します。
エシロールルックスオティカがこの交渉のテーブルに着くまでには、圧倒的な消費者実績の積み上げがありました。同社は2025年、AI搭載スマートグラスを700万台以上販売し、前年実績の3倍以上という驚異的な成長を遂げました。この数字には、“Ray-Ban Meta”だけでなく、新たに投入された“Oakley Meta”シリーズの販売も含まれています 。
この需要は、財務諸表にも如実に表れています。2025年第4四半期、エシロールルックスオティカの売上高は18%急増し、76億ユーロ(約1.2兆円)に達しましたが、この成長の主たる推進力はAIグラスでした 。Ray-Ban Metaは2025年央までに約6億ドル(約900億円)の収益を単独で生み出し、生産目標は年間1000万台へと引き上げられています
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商業的成功の背景には、メタ(Meta)との戦略的関係の深化があります。メタは2025年7月、約35億ドルを投じてエシロールルックスオティカの株式3%弱を取得し、同年12月には同社の取締役がメタの保有比率は「少なくとも3%」であると明かしました 。
アプライドマテリアルズとの提携は、エシロールルックスオティカにとって次なる戦略段階への移行を意味します。現在のカメラ/オーディオ型AIグラスから、視覚的なAR表示を持つ真のシースルーデバイスへ。そして、それを自社の生命線である「Ray-Ban」「Oakley」、さらにはプラダなどのラグジュアリーブランドのデザイン性やレンズ品質と完璧に融合させることこそが、最大の挑戦であり狙いです。
アプライドマテリアルズは、この提携に手ぶらで参加するわけではありません。同社はここ数年、フォトニクス(光技術)とAR光学の分野で、製造インフラ、部品試作、業界提携を包括的に積み上げてきました。
2025年9月、アプライドマテリアルズは半導体受託生産大手のグローバルファウンドリーズ(GlobalFoundries)と戦略的協業を発表し、同社のシンガポール工場内に最先端の導波路製造施設を設立すると発表しました 。その狙いは明確で、数百万人規模のARグラスユーザーに高品質な導波路を供給するための量産体制を整えることです。
さらに同社は、導波路の色ムラや製造精度といった長年の課題を克服するため、独自の「ダイレクトエッチング(直接エッチング)導波路製造装置」を開発。現在、この300mmウェハ対応の装置は同シンガポール工場で稼働しています 。
2025年末のPIC Summit Europeで、アプライドマテリアルズのエグゼクティブ、ルトガー・タイセン氏は同社の戦略転換をこう説明しました。「我々が取り組んでいるのは、ユーザーが透かして見る部分、つまり導波路です。我々の仕事が完璧なら、それは“見えなくなる”のです」。アプライドマテリアルズは、完成品の眼鏡を販売するのでも、単に製造装置を売るのでもなく、表面レリーフグレーティング(SRG)導波路という中核AR部品を供給する主要プレイヤーを目指しているのです 。
アプライドマテリアルズの「フォトニクス・プラットフォーム事業グループ」は、同社のベンチャーキャピタルが出資するAvegant社と協力し、現在の技術で何が可能かを示す小型ARディスプレイシステムを構築しました 。完成した試作機は、アプライド社のわずか3.4グラムのエッチング導波路と、Avegant社の「AG-20」ライトエンジンを統合し、ワイヤレスMCUベースの処理基板に搭載。その結果、重量43グラム、単眼フルカラー、視野角20度、輝度3000ニトという、日常使いを想定したワイヤレスARグラスが誕生したのです
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Avegantは以前からクアルコムとも協業しており、「Snapdragon AR1 Gen 1 Platform」とAvegantのより大型のライトエンジン「AG-30L2」を組み合わせた、明るい日中でも使える両眼フルカラーのリファレンスデザインも発表しています 。
エシロールルックスオティカにとって、今回の共同開発契約はサプライチェーンの布石です。AIアイウェアへの巨大な消費者需要を証明した今、次の製品世代に必須となる光学技術の開発を自ら主導し、レンズ品質、フレームデザイン、小売体験という自社の「堀」をさらに深めることが目的です。
アプライドマテリアルズの理屈も明快です。半導体製造装置で圧倒的な地位を築いた同社ですが、フォトニクスとAR光学を「AIが牽引する新たな巨大成長市場」と見なしています。タイセン氏は、スマートグラスを「次のAIインターフェース」と呼びました 。同社は今、体系的にピースを組み立てています。シンガポールの生産ラインは量産規模を担保し、Avegant試作機は技術的な証明となり、そしてエシロールルックスオティカとの契約は、世界最大のアイウェア流通網への直接的なルートを開くものです。アプライドマテリアルズは「眼鏡ブランド」ではなく、「AR業界全体にとって不可欠な材料と製造のイネーブラー(実現者)」というポジションを固めつつあります。
動きは加速しています。シリコンバレーの研究ラボ、シンガポールで稼働する導波路量産ライン、45gを切る実動プロトタイプ、そして700万台超のAI搭載眼鏡が証明した市場の牽引力。これらはすべて、AR業界が長年の「デモ機止まり」というフェーズを脱し、人々が本当に毎日かける製品へと歩みを進めている証左と言えるでしょう。