合意の背景には、2月28日に米国とイスラエルがイランに対して行った軍事攻撃を発端とする戦闘の拡大がある。トランプ氏は対面での式典に先立ち、自ら署名に関与することで「個人的なコミットメント」を示そうとしたと、匿名の米政府高官は説明している
。しかし、この「電子的署名」の実態は公にされておらず、ある高官は「24~48時間以内に条項が公開される」と言及したものの、6月17日時点で本文は公表されていない
。
スイス外務省はAFP通信に対し、6月19日(金)にルツェルン湖を見下ろす高級リゾート「ビュルゲンシュトック」で正式な調印式が行われると公式に認めた。スイス中部に位置するこの施設は、「アクセスが困難で警備が容易」な点が選定の決め手となった
。
会場は過去にもウクライナ和平サミットなどの国際会議で使われた経緯がある。今回の調印式には米国とイランの高官級代表が出席する見通しで、仲介役を務めたパキスタンとカタールも会場の提案に関与している。パキスタンのシャバズ・シャリフ首相がジュネーブやビュルゲンシュトックへの移動を計画しているとの報道もあり、水面下での調整が続いている
。
CNNやABCニュース、AP通信などの報道を整理すると、覚書に盛り込まれた主な項目は以下の通りだ。
合意文書では、中東に展開する約5万人の米軍の撤退、駐留継続、あるいは兵力の引き下げについて一切の明確化がなされていない。この点について複数の報道は「意図的に曖昧にされている」と指摘しており、60日間の協議における取引材料として残されている可能性が高い。
最大の火種は、イランの濃縮ウラン処遇をめぐる見解の相違だ。米国側は「イランが保有する濃縮ウランの廃棄または国外搬出」を要求しているのに対し、イラン側は「平和的核開発」の立場を崩さず、核兵器開発の意図を否定している。この溝はMOUでは埋まらず、今後の技術協議の中心議題となる。
2025年9月に国連安保理で再発動(スナップバック)された対イラン制裁の地位も宙に浮いたままだ。この再制裁の法的正当性をロシアと中国が争っており、MOUはこの問題に一切言及していない。法的枠組みが定まらないまま核協議を進めることは、協議の土台を脆くする要因となる。
全文未公開のまま先行するスリリングな展開と、核開発や制裁という構造的対立の先送りは、金曜日の式典前後を含め、合意がいつ瓦解してもおかしくない不安定さを内包している。中東情勢の行方は、スイスのリゾート地で交わされる署名より、密室で続く60日間の「技術協議」の行方にかかっていると言えるだろう。
Comments
0 comments