しかしこの価格下落は、地政学的リスクが一時的に和らいだことで生じた「ほっと一息」であり、欧州のエネルギーをめぐる構造的な危機が解消されたわけではない。
米国は13夜連続で続けてきたイランへの爆撃を停止。イラン側も中東全域での報復攻撃を休止する姿勢を示した。市場はこれを、長期間にわたり混乱してきたホルムズ海峡(世界のエネルギー輸送の要衝)の再開につながる可能性があると受け止めた。
この下落の前週(7月20日)には、米国の爆撃拡大と冬季の供給不足懸念から価格が4カ月ぶりの高値(60ユーロ超/MWh)に達していた。
月曜日の値下がりにもかかわらず、EUのガス貯蔵量は構造的に脆弱な状態にある。
EUの規制目標は毎年11月1日までに貯蔵率90%を達成すること。これを満たすには、残り約100日で39ポイント分のガスを注入する必要があるが、6月の注入ペースは平年の水準を下回っている。
欧州委員会のガス調整グループは7月1日、「次の冬の供給安定に直ちに懸念はない」とし、80%の貯蔵率でも十分だとしているが、同時に貯蔵量が危機前の平均を下回っていることも認めている。
1. 過去に崩壊した脆弱な停戦合意
米イランは4月8日に2週間の停戦で合意。6月14日には60日間の延長で覚書を交わしたが、7月上旬に米国がイランの違反を主張し、空爆を再開。停戦は崩壊した。7月8日にはPoliticoが停戦は「ずたずたにされた」と報じている。今回の「相互休止」は正式な停戦合意ではなく、いつ再び激化してもおかしくない。
2. カタールLNG施設の損傷——数年単位の生産能力喪失
イランのミサイルとドローン攻撃により、2026年3月初旬、世界最大のLNG輸出コンプレックスであるラス・ラファン施設が攻撃を受け、生産が停止した。これによりカタールのLNG輸出能力の約17%(年間1280万トン)が失われた。復旧には3~5年を要する見通し。カタールエナジーはLNG契約に対して不可抗力を宣言し、少なくとも9月まで延長された。欧州がロシアのパイプラインガスの代替として依存していたLNG供給源が、長期にわたり利用できなくなったことになる。
3. ホルムズ海峡——部分的な通航再開に過ぎない
ホルムズ海峡は世界でもっとも重要なエネルギー通過地点。紛争中は船舶の通航が大きく混乱した。4月8日の停戦後も、通航量は「戦前の水準を大きく下回っている」。今回の休止でも、保険会社や船会社は慎重な姿勢を崩していない。断続的な攻撃やイランによる海峡の通過統制の試みは続いており、S&P Globalも6月の合意を「歓迎すべきだが限定的な安心材料」と評している。
4. フーシ派など地域の代理勢力を巻き込んだ紛争の拡大
米イランの対立は、イエメンのフーシ派など地域の代理勢力を巻き込んでいる。今回の調査範囲内では7月の具体的なデータは得られていないが、アルジャジーラは3月のラス・ラファン攻撃がイランと連携した勢力によるものと報じており、紛争はホルムズ海峡から紅海、ペルシャ湾岸に至る多正面のエネルギー脅威を生み出している。
5. 高止まりする価格そのものがリスク
ガスの卸価格が高いことで、冬に備えた貯蔵の補充が進まないという悪循環に陥っている。貯蔵量が少なければ冬の価格はさらに高騰し、需要の強制的な削減や、厳冬期の供給危機を引き起こす可能性がある。
月曜日の急落は、市場が戦闘の一時休止を歓迎した結果に過ぎず、欧州が抱えるエネルギー安全保障の根本的な脆弱性が解決したわけではない。ガス貯蔵量はこの時期としては歴史的に低く、カタールのLNG生産能力の一部は数年単位で失われ、ホルムズ海峡の機能は限定的だ。停戦合意は過去に崩壊した経緯がある。今回の価格下落は歓迎すべきだが極めて脆く、何か新たな緊張の高まりがあれば、欧州のガス価格は再び急騰するだろう。