スペイン:親パレスチナの立場
ペドロ・サンチェス首相の下、スペインは2024年にパレスチナ国を正式に承認し、欧州で最もイスラエルを批判する国の一つとなった。これに対しイスラエルは駐マドリード大使を召還。そのポストは空席のままで、現在は臨時代理大使が関係を預かるのみとなっている 。さらに関係は悪化し、スペインはイスラエルがW杯出場権を得た場合、大会をボイコットする可能性も示唆したと報じられている 。
対立は、両国のトップの発言によって決定的に先鋭化した。
イスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ首相は公然とアルゼンチン支持を宣言。決勝前日に公開されたビデオで、駐イスラエル・アルゼンチン大使からアルゼンチン代表ユニフォームを受け取り、「アルゼンチンとイスラエルは親友になった」と述べ、「Vamos Argentina(頑張れアルゼンチン)」と叫んだ。ポッドキャストでは、アルゼンチンの「自由市場主義者」ミレイ大統領とメッシの経験値を応援の理由に挙げ、「ほとんどのイスラエル人はアルゼンチンを応援している」と語った 。
対照的に、ペドロ・サンチェス首相が決勝戦に関連して同様の公の応援声明を出すことはなかった。しかし、彼の政権によるパレスチナの正式承認と、ガザでの軍事作戦に対する一貫した批判姿勢こそが、世界中の親パレスチナ派がスペインを自然な応援対象とみなす政治的基盤となった 。サンチェス首相はまた、ラミン・ヤマル選手のパレスチナ国旗掲揚を擁護し、その連帯の気持ちは「何百万人ものスペイン人が感じている」と述べている 。
政府の政策を超え、この対立は世界の舞台に立つ個人の行動によって人間味を帯び、増幅された。
ラミン・ヤマル(スペイン/バルセロナ)
18歳のスペイン人ウインガーは、敬虔なムスリムであり、ゴール後にサジダ(礼拝の平伏)を行うことでも知られる。彼がバルセロナの優勝パレードで、約75万人のファンの前で大型のパレスチナ国旗を振った瞬間は、この代理戦争における最も大きな話題となった 。その瞬間はカタルーニャをはるかに超えて拡散。ガザでは、これを見て涙する人々がいた 。イスラエルのカッツ国防相はこのジェスチャーを公然と非難し、「憎悪を煽るものだ」と述べた 。パレスチナ国連常駐オブザーバー代表部は後に、スペインの決勝進出を祝福する際にヤマルの写真を使用した 。タイムズ・オブ・イスラエルは、ヤマルの行動が「二つの決勝進出国の分裂を象徴している」と報じている 。
ハビエル・バルデム(スペイン)
アカデミー賞受賞俳優は、W杯の試合会場で繰り返しパレスチナ国旗を掲げた。スペイン対フランスの準決勝では、旗を掲げるとともに「存在そのものがレジスタンスだ」と語った 。また、ある試合でパレスチナ人のファンが彼に近づき、活動に感謝するとともに、「パレスチナが自由になったら」訪問してほしいと招待。バルデムはこれに感激して応じたと伝えられている 。
リオネル・メッシ(アルゼンチン)
ヤマルの親パレスチナ的ジェスチャーへの対比として、メディアはメッシのイスラエルとの過去の繋がりを頻繁に取り上げた。彼はイスラエルで試合や商業イベントのために訪れたことがあり、スペイン側の象徴的行動との対照をなす存在として注目された 。
代理戦争という枠組みは、メディアの誇張ではない。それは現場のリアルな感情を反映していた。
ガザでは、スペインへの支持が広がった。あるパレスチナ人がアルジャジーラに語ったように、「私は完全にスペインを応援している。彼らはパレスチナのために立ち上がってくれたからだ」——これはガザ戦争中のスペイン政府の立場や、ヤマルやバルデムといった著名人の姿勢に起因する 。多くのガザ市民は初めエジプトやモロッコといったアラブ諸国を応援していたが、決勝ではスペインに支持を切り替えた 。
イスラエルでは、アルゼンチンへの支持が同様に広がった。ネタニヤフ首相の応援は国民感情を反映しており、タイムズ・オブ・イスラエル(仏語版)はこの試合を「マドリードとブエノスアイレスのイスラエルに対する立場の違いから、極めて象徴的な対決」と位置付けた 。この力学は本国を超え、ニューヨークの「リトル・パレスチナ」地域のファンたちもスペインを応援した 。
決勝戦の政治化は、危険な副作用ももたらした。複数の報道によれば、代理戦争の論争はオンライン空間に波及し、反ユダヤ主義的な決まり文句が表面化した。ユダヤ人電報通信社(JTA)やアルモニターは、ネット上の一部の言説が、アルゼンチンへの親イスラエル的支持を「フットボールのシオニストによるグローバル支配」の証拠とする陰謀論に陥り、ユダヤ人のファンや著名人を標的にするものがあると警告した 。信用できるメディアのこれらの報告は、代理戦争をめぐる環境が反ユダヤ主義的レトリックの温床となっており、注意が必要であると一貫して指摘している 。
重要なのは、この代理戦争という物語が全てのファンに受け入れられたわけではないという点だ。報道によれば、多くのアルゼンチンファンは自国チームが親イスラエルの象徴として利用されることに居心地の悪さを感じ、ソーシャルメディア上で「サッカーは政治から離れるべきだ」と反発した 。一部のアルゼンチンファンは、アルゼンチンには多くのムスリムやアラブ系住民がいること、そして代表チームへの応援はいかなる政府の外交政策の承認を意味するものではないと指摘した 。また、ユダヤ人ポスト・アンド・ニュースは、決勝戦に「植民者対被植民者」というレッテルを貼ることを拒否するファンもいたと報じている 。