ルーニン氏は2026年6月25日、インスタグラムに動画を投稿。プーチン大統領に対し、「もし私がすぐにクレムリンに招かれ、あなたの隣で生放送に出演しなければ、軍はクレムリンに武器を向けるだろう」 と警告した。
動画の中でルーニン氏は、ロシア軍司令部が兵士に対して「馬鹿げた自殺行為の命令」に従わなかったり、金銭を渡さなかったりしたことを理由に、 pit(穴のような場所)に監禁するなどの虐待や拷問を行っていると告発。彼は「真実をすべて伝えたい」として、クレムリンでの公開テレビ対談を要求した。
さらにルーニン氏は、国防省や治安機関の関係者が複数名、自分を訪ねてきて、「プーチンに伝えてほしい」と依頼されたと主張し、自分はあくまで「伝言役」に過ぎないと述べている。
この動画は瞬く間に拡散。ある報道によれば24時間で約1100万回、別の報道では1200万回以上再生されたという。
6月26日 — クレムリン報道官のドミトリー・ペスコフ氏は記者団に対し、当局は動画の存在を把握しているが、まだ内容を精査していないと述べた。ペスコフ氏はその表現を「かなり奇妙だ」と評し、「コメントするのは時期尚早」と語った。
6月27日 — ロシア当局はルーニン氏を逮捕。複数の報道によれば、行政責任として11日間の拘束(逮捕)が科された。自宅は家宅捜索され、妻はウクライナメディアに対し「夫は無事だが、行政責任を問われている」と語った。
一部のSNS投稿やRFERL(ラジオ・フリー・ヨーロッパ)の報道によれば、ルーニン氏は24時間以内に前言を撤回。「言葉がねじ曲げられた」「反乱を扇動したわけではない」と否定し、プーチンとの対談要求も取り下げたとされる。ただし、この撤回報道がすべてのソースで一貫して裏付けられているわけではなく、複数の主要ニュースは撤回には触れずに逮捕のみを伝えている。
ルーニン事件は、2023年6月に起きたエフゲニー・プリゴジン(ワグネルグループ創設者)の武装反乱を強く想起させる。両者を比較する。
| 要素 | アレクサンドル・ルーニン(2026年6月) | エフゲニー・プリゴジン/ワグネル(2023年6月) |
|---|---|---|
| 主体 | 元義勇大隊指揮官、ウクライナ戦争参加者。SNSでプーチンに直接呼びかけ | 民間軍事会社ワグネルの創設者 |
| 不満の内容 | 軍司令部による兵士虐待・拷問 | 国防省がウクライナ戦線の部隊を無視・軽視 |
| 要求 | プーチンとの公開テレビ対談 | ロシア軍上層部の更迭 |
| 行動 | 反乱を示唆する動画を拡散。部隊の移動や武力行使は確認されず | 武装部隊を動かし、ロストフ・ナ・ドヌを占拠。モスクワに向けて進軍 |
| 結末 | 動画公開から約48時間で逮捕 | |
| 規模 | 単独人物によるSNSでの警告 | 都市を占拠し首都に迫る武装反乱 |
ルーニン事件は、プリゴジン反乱と同じような内部告発と軍内部の不満という構図を備えながら、その規模は比較にならないほど小さい。引用されたソースからは、組織的な蜂起の証拠は見つからず、あくまで一人のウクライナ戦争退役軍人による公開決裂として位置づけられる。
クレムリンが動画の存在を認め、ルーニン氏が迅速に拘束されたという事実は、いかにロシア当局が軍内からの異論や反乱の芽を素早く摘み取ろうとしているかを示している。
ルーニン氏の「撤回」が自発的なものか、拘束後の強制によるものかは、現時点の情報では不明だ。いずれにせよ、この事件は——たとえ数千万回再生されたとしても——軍内部からの公の異議申し立ては、数日のうちに封殺され得るという現実を改めて浮き彫りにした。
| 反乱はベラルーシ大統領の仲介で終結。プリゴジン氏は2カ月後に飛行機墜落で死亡 |