中国のインターネット規制当局である**国家インターネット情報弁公室(CAC)**は、DeepSeekとMoonshot AIが顧客の質問文(プロンプト)を米AnthropicのClaudeへ転送していたとの疑惑について調査していると報じられています。国内での最大の論点は、モデル能力の模倣そのものだけではなく、利用者が知らない第三者サービスへ機微な内容を含み得るデータが渡った可能性です。ただし、CACによる詳細な調査結果や行政処分は、現時点で公表されていません。
何が問題視されているのか
Anthropicは、DeepSeekとMoonshotが自社サービスの一部で利用者のリクエストをClaudeに回し、その回答を自社モデルの出力であるかのように表示した場合があったと主張しています。仮に事実なら、利用者が転送先を知らないまま、業務情報や個人情報などを含み得る入力内容が外部モデルに送られたことになります。
3
15
もっとも、これはAnthropic側の主張です。提供された報道・資料の範囲では、特定の顧客データが実際に漏えいした事例が独立して確認されたわけではありません。
Anthropic報告書が示した「産業規模の蒸留」
Anthropicは9月公表の154ページの脅威インテリジェンス報告書で、2025年12月から2026年8月にかけ、中国拠点の事業者らが不正アカウント、プロキシー、連携した大量の問い合わせなどを使い、先端モデルの挙動・能力を引き出そうとしたと説明しました。同社はこれを通常のベンチマークではなく、無許可の大規模な「不正蒸留(illicit distillation)」と位置付けています。
7
15
報告書で名指しされたのは、Alibaba、DeepSeek、Moonshot、Zhipu(Z.ai)、Xiaomi、SenseTime、MiniMaxの7組織です。
3
6
Anthropicの集計では、関連キャンペーン全体のClaudeとのやり取りは約2億件。Alibabaに結び付く活動だけで1億5,100万件超に達したとしています。またDeepSeek、Moonshot、MiniMaxの3社については、約2万4,000の不正アカウントを通じて1,600万件超のやり取りがあったと主張しました。
4
15
「thinking signature」を巡る主張の意味
Zhipu/Z.aiについてAnthropicは、Claudeの推論に関連する出力や痕跡を取得し、学習用に処理し直す「チェーン・オブ・ソート(Chain-of-Thought)抽出」パイプラインを運用したと述べています。不正な身元情報、使い捨てアカウント、決済手段の利用もあったとしています。
16
5
ただし、この主張はモデルの能力や推論らしい振る舞いを抽出しようとしたという話であり、Claudeの非公開の内部推論システムそのものが完全に復元されたことを示すものではありません。
米国は国家安全保障問題として警告、中国は反発
Anthropicの報告書に先立ち、米FBI、国家安全保障局(NSA)、サイバーセキュリティ・インフラ安全保障庁(CISA)は共同勧告を出し、中国系企業が米国の先端AIモデルに対し、攻撃的かつ悪意ある、標的型の産業規模蒸留を行っていると警告しました。名指しされたのはDeepSeek、Moonshot、Alibaba、MiniMax、StepFun、Z.aiで、対象はClaudeだけでなくGPT、Gemini、Grokにも及ぶとされます。
10
14
これに対し中国当局は、米国の非難には事実上・法的な根拠がないとして反論し、安全保障を口実に中国のAI発展を抑え込もうとしているとの立場を示しています。
17
20
ここで重要なのは、CACの調査報道と中国政府の対米反論は必ずしも矛盾しない点です。CACが焦点を当てるとされるのは、中国の利用者データが無断で国外の第三者モデルに渡ったか、また関連規制に従っていたかという国内のプライバシー・コンプライアンス問題です。一方で、それはAnthropicの知的財産権に関する主張を中国政府が認めたことを意味しません。
国連安保理での説明と米中首脳会談前の緊張
DeepSeekは今週、人工知能のリスクをテーマとする国連安全保障理事会の会合で説明を行う予定と報じられています。米国のAI企業と並んで国際的なAI安全性の議論に参加する局面で、同社が大規模なモデル能力抽出やデータ転送をめぐる主張の対象となっている点は、注目を集めそうです。
この問題は、月内に見込まれるトランプ米大統領と習近平国家主席の会談を前に表面化しました。AIの管理、技術流出をめぐる主張、先端モデルへのアクセスは、米中協議で摩擦要因になり得ます。
17
オープンウェイトモデルへの追加制裁は確認されていない
米当局がモデル蒸留を国家安全保障や輸出管理に関わる問題として扱っていることは、共同勧告から読み取れます。
10
14
ただし、今回示された資料だけでは、米国が中国のオープンウェイトAIモデルを対象にした新たな制裁を既に導入したとは確認できません。追加措置は政策上の選択肢として論じられ得るものの、確定した対応として扱うべきではありません。