SpaceXが、経営難に陥った、または事業を終えたスタートアップから顧客情報や業務上の情報を購入し、Grokを含むAIモデルの改善に利用する案を社内で検討していると報じられた。協議は非公式な段階で、実際の取引につながるかは不明だが、公開ウェブから収集しにくい独自データをめぐるAI各社の競争を映している。
1
狙いはブランドやソースコードではなく「事業の履歴」
報道によると、SpaceXが検討した対象は企業ブランド、ソフトウェアのコード、設備といった資産が中心ではない。事業が蓄積してきた顧客記録やオペレーション情報だ。AIモデルを改善するための、比較的安価なデータ源として取得することが念頭に置かれていたという。
1
こうした記録には、顧客とのやり取り、業務手順、判断、結果など、組織が実際にどう機能したかを示す情報が含まれ得る。広く公開された文章データとは異なる性質を持つため、AI開発側にとっては戦略的な価値を持ち得る。
ただし、これは完了した買収計画ではない。報じられたのはあくまで社内での非公式な話し合いである。
1
Alphabetによるスピリット航空データ取得提案との共通点
Bloombergは、今回報じられたSpaceXの構想を、格安航空会社スピリット航空が事業を終了した後にAlphabetが同社の事業データ取得を提案した事例になぞらえた。
1 Alphabetの提案額は1,000万ドルと報じられ、元客室乗務員らからもプライバシー上の懸念が示されたという。
5
両者に共通するのは、経営破綻・事業終了した企業であっても、その事業運営の過程で蓄積された情報には、事業そのものとは別の価値があるという見方だ。AI学習の素材として、顧客・業務データが注目されている。
マスク氏が描く「社内知識」を使うGrok
イーロン・マスク氏は、GrokがSpaceXの情報から学び、SpaceXの従業員と対話すべきだと述べていると報じられている。
1
これは、社内にある固有の知識や、従業員からのフィードバックをAI改善の入力として捉える考え方といえる。外部スタートアップの記録を買う構想は、この手法をマスク氏の支配下にある企業群の外へ広げるものだ。
AI競争では計算資源の確保が重要だが、現実の業務から生まれた、他社が複製しにくいデータへのアクセスも大きな制約になりつつある。
データを買っても、プライバシー問題は解決しない
事業資産の売買が成立しても、そこに含まれる個人情報を後からAI学習へ利用できるとは自動的には決まらない。
取得データに欧州の識別可能な個人に関する情報が含まれる場合、AI学習はGDPR(EU一般データ保護規則)における個人データ処理のルールに従う必要がある。欧州委員会は、個人データは本人に示した特定の目的のためにのみ処理でき、データを集めて用途を特定せずに使うという説明は認められないとしている。
9
つまり、サービス提供、従業員管理、スタートアップ運営のために集められた情報を、買い手がAIモデル訓練へ転用する場合、目的外利用の問題が直ちに生じる。新たな利用目的、法的根拠、本人への通知のあり方を検討しなければならない。
既存の同意がAI学習まで引き継がれるわけではない
利用者がサービス利用に同意していたとしても、あるいは以前に同意を得ていたとしても、それが新しい所有者によるAIモデル訓練を当然にカバーするとは限らない。
欧州議会が示すGDPR上の基準では、有効な同意は自由意思に基づき、具体的で、十分な情報を得た上で、曖昧さなく与えられ、明確な積極的行為で示される必要がある。
11
重要なのは、企業が記録を保有している事実ではなく、本人がどの利用について説明を受け、何に同意したのかである。
「正当な利益」は包括的な許可ではない
企業は同意ではなく、GDPRの「正当な利益」を処理の根拠にしようとする可能性がある。しかし、これはAI学習を一律に許す仕組みではない。
欧州データ保護会議(EDPB)のガイダンスによれば、この根拠を用いるには、(1)正当な利益が存在すること、(2)その利益のために処理が必要であること、(3)その利益がデータ主体の利益や基本的権利・自由によって上回られないこと、という3つの条件をすべて満たす必要がある。
10
買収したスタートアップのデータを使う場面では、記録の内容、本人が合理的に予想できる利用範囲、処理の規模、講じる保護措置などが判断を左右し得る。データ購入で所有権やアクセスの問題に答えが出ても、データ保護上の評価まで終わるわけではない。
AI競争は「計算資源+公開ウェブ」だけではない
今回報じられたSpaceXの協議と、Alphabetによるスピリット航空への提案は、経営難企業の資産価値に対する見方が変化していることを示す。顧客・業務データは、AI開発の戦略的な投入資源になり得る。
もちろん、すべてのデータセットが利用可能とは限らず、モデル性能を大きく改善する保証もない。それでもAI競争は、半導体や公開ウェブのデータだけを争う段階から、現実の活動を記録した希少なデータをどう確保し、適法かつ信頼を損なわずに利用するかを問う段階へ移りつつある。
1
9
10