JPモルガンが原油価格の見通しを立てにくいと認めたことは、原油がもはや通常の需給だけで値付けされていない、という警告に等しい。市場は、予測不能な軍事・政治の「終局」を織り込もうとしている。
この戦争では、経済的な「越えてはならない線」とみなされていた水準が突破されても、交渉による解決や地域のエネルギー輸送路の安定的な再開には至っていない。したがって、戦前の価格水準へ速やかに、かつ確実に戻ることを標準シナリオとして扱うのは難しい。
2
5
経済的なレッドラインは守られたのではなく、後ろ倒しになった。 ブレント原油は1バレル105ドル近辺で、戦前比では約45%高い。米国のディーゼル価格も1バレル200ドル超となり、単なる短期的な地政学リスクの上乗せではなく、原油と石油製品の実需面の逼迫が表れている。JPモルガンが終戦の基準ケースを置けないのは、供給障害が一時的なのか、さらに拡大するのか、半恒久化するのかを判断できないためだ。
2
5
供給減は大きく、長引く見通しだ。 国際エネルギー機関(IEA)は、2026年の世界の石油供給が平均で日量1億70万バレルとなり、2025年比で日量570万バレル減少すると予測している。湾岸地域の生産が十分に回復する時期も2027年へ後ずれした。加えて在庫は減少しており、新たな供給途絶に対する市場の緩衝材も薄くなっている。
1
4
サウジのインフラは重大なエスカレーション地点となる。 東西パイプラインへの攻撃は、日量約400万バレル、世界供給の約4%に相当する輸送能力を脅かす。これは、サウジ産原油をホルムズ海峡を経ずに運ぶ重要なルートであるためだ。問題が湾岸の海上輸送にとどまらず、生産と輸出そのものを制約しかねないことを意味する。
5
6
インフレへの波及はガソリン代に限られない。 原油、特にディーゼルは貨物輸送、食品、製造業、暖房、サービス価格に幅広く組み込まれている。エネルギー高は家計・企業の負担を通じて成長を弱める一方、賃金や価格への二次的な波及を招き得る。中央銀行にとって最も対応が難しい、低成長と物価高の組み合わせである。
イングランド銀行にはスタグフレーション型の難題となる。 英中銀は政策金利を3.75%に据え置いたが、戦争によるエネルギー高で議論の中心は利下げから、物価上昇の粘着性を理由に再利上げが必要になるかへ移った。4%への引き上げを支持する意見が以前からあり、戦闘の激化次第では金利を上げ得るとの警告もある。このため、11月や翌年2月の利上げは確定ではないものの、十分にあり得る選択肢となっている。
3
7
政治的な早期終結予測だけでは、原油市場の不安は解消しない。 価格を左右するのは、船舶航行の安全確保、インフラの修復と保険の再開、パイプラインの輸送能力、湾岸の生産復旧、そしてイランと連携する武装勢力の自制といった実務上の条件だ。JPモルガンが7月に示した、ブレント原油が第3四半期平均86ドル、第4四半期80ドル、年末78ドルへ低下するとの見通しは、市場が再均衡に向かう前提だった。しかし足元の価格と新たな供給障害は、その前提を崩している。
7
2
複数の供給障害が重なれば、危機はさらに長期化する。 フーシ派によるバブ・エル・マンデブ海峡周辺での圧力は紅海航路の迂回や遅延を招き得る。ロシアの製油所への攻撃は、原油が確保されていても世界の石油製品市場を引き締める可能性がある。民兵組織に関連するリビアの操業停止も、柔軟な輸出供給源を減らす。問題は単純な「原油量の不足」ではない。原油の種類、製油能力、輸送路、ディーゼル供給が相互に代替しにくくなることにある。
結局のところ、停戦という見出しだけで原油価格が急落するとは限らない。輸出ルートの安全、設備の稼働、生産回復、在庫の再構築、代理勢力による攻撃の停止が持続的に確認されて初めて、価格低下の条件が整う。それまでは、エネルギー価格の高い変動プレミアム、世界経済の減速、そして景気悪化の中でも引き締め的な金利を維持、あるいは引き上げざるを得ない中央銀行という構図が続く可能性が高い。