JWST(ジェームズ・ウェッブ宇宙望遠鏡)が初期宇宙で見つけた「小さな赤い点(Little Red Dots、LRD)」は、非常にコンパクトで赤く見える天体群です。国立天文台のスーパーコンピュータ「ATERUI III」を使った研究と、JWSTによる詳細な分光観測は、この謎に対して別々の角度から手がかりを与えています。
前者は、なぜ宇宙誕生から間もない時代に大きなブラックホールが作れたのかを計算で示します。後者は、その急成長の最中のブラックホールが、観測ではどんな姿に見えるのかを示すものです。両者を合わせると、LRDの少なくとも一部は、濃いガスに深く埋もれながら急速に成長するブラックホールである、という検証可能な像が浮かびます。
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二つの研究が埋める、異なる空白
Sunmyon Chon氏らの研究は、初期宇宙の原始銀河団環境を再現した宇宙論シミュレーションです。焦点は、非常に重いブラックホールの「種」がどう生まれ、その後いかに速く質量を増やせるかにあります。
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一方、Rohan Naidu氏らのJWST研究は、MoM-BH*-1という特に赤くコンパクトな天体を対象にしています。解析では、非常に高密度の水素ガスの外層に覆われた、物質を取り込むブラックホールという解釈が有力とされました。
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言い換えれば、ATERUI IIIは形成と急成長の道筋を、JWSTはガスに覆われた成長段階の見え方を提示したことになります。
まず、普通の星を作りにくくして「重い種」を作る
シミュレーションでは、近くの若い銀河から届く強い遠紫外線が、ガス雲の分子冷却を抑えます。通常、冷却はガス雲を細かな塊へと分裂させ、最終的に多数の普通の星を作る働きをします。しかし分裂が抑えられると、ガス雲はまとまったまま大きく崩壊しやすくなります。
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その結果として計算で得られたのが、太陽の約50万〜90万倍という超大質量星です。これらは短命で、その後に崩壊して、普通の大質量星の死から生まれるものよりはるかに重いブラックホールの種を残します。
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出発点が太陽の100万倍規模であれば、通常の恒星由来の小さな種から始める場合よりも、初期宇宙に観測される百万〜十億太陽質量級ブラックホールへ到達する時間を大幅に短縮できます。これは「宇宙が若すぎるのに、なぜ巨大ブラックホールがすでにあるのか」という長年の問題に直接関わります。
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厚いガス円盤が、限界を超える成長を可能にする
種ブラックホールの誕生後も、周囲には高密度のガス円盤が残ります。この円盤は光学的に厚く、ブラックホール近傍で生じた放射がすぐ外へ逃げにくい状態です。そのため、放射圧が流入するガスを押し返して成長を止める作用が弱まります。
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Chon氏らの計算では、この条件下でブラックホールは標準的なエディントン限界の数十倍に当たる速度で物質を取り込めます。その経路では、ビッグバン後およそ6億年までに約3000万太陽質量のブラックホールへ成長し得ると報告されています。
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重要なのは、新しい物理法則を持ち込む必要があるという主張ではない点です。重力、ガスの流体運動、放射によるフィードバック、そして初期宇宙特有の極めて高密度な環境によって、この成長経路は説明できるとされています。
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なぜ「小さな赤い点」が多数見つかる説明になり得るのか
LRDは一つだけの珍しい天体ではなく、JWSTの観測で数多く見つかっているため、説明には個別の特殊事例だけでなく集団としての見通しが求められます。
ATERUI IIIの結果で意味を持つのは、銀河が密集する領域、近傍銀河からの強い放射、豊富なガス、そしてガスに埋もれた降着段階という条件が、初期の原始銀河団環境で自然に現れることです。
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また、濃く光学的に厚い物質は外へ出る光の性質を変えます。シミュレーションでは、LRDで観測される特徴の一つである幅の広いHα輝線に似た性質も示されました。
5 これは、多くのLRDを、厚い電離ガスの繭に包まれ、エディントン限界近くで降着する若い低質量の超大質量ブラックホールとみなす分光学的研究とも整合します。
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ブラックホールが赤い星のように見える理由
Naidu氏らがJWSTで調べたMoM-BH*-1は、非常に赤くコンパクトで、深いバルマー・ブレークを示しました。水素とヘリウム以外の元素の兆候は乏しく、その明るさは恒星の核融合だけでは簡単に説明できません。
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研究チームが有力視したのは、太陽の約10万倍の質量をもつ降着ブラックホールが、太陽系ほどの大きさの、極端に高密度な水素の繭に包まれているモデルです。このガスは「擬似光球」として働き、降着で放出されたエネルギーを吸収・再処理します。結果として、エネルギー源はブラックホールへの降着であるにもかかわらず、観測されるスペクトルは赤い星の大気に似て見えます。
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ここでいう**「ブラックホール星」**は、通常の恒星の種類ではありません。また、ブラックホールそのものの別名でもありません。光学的に厚いガスの大気に隠された、成長中のブラックホールからなる複合的な天体の仮説的名称です。
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ただし、LRDすべてを同じ天体と決める段階ではない
この二つの成果は有望ですが、結論は慎重に読む必要があります。Naidu氏らの研究が最も強く示しているのは、一つの際立った天体の事例です。それだけで、すべてのLRDがブラックホール星だと証明されるわけではありません。
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同様に、ATERUI IIIの計算は宇宙論的にもっともらしい形成経路を実証したものですが、観測されているLRD集団全体の内訳を確定したものではありません。
5 LRDには、ガスの繭に包まれた降着ブラックホールが主成分のものもあれば、母銀河の光、塵、コンパクトな星形成がより大きく寄与するものもあり得ます。集団全体の物理的な正体は、なお議論が続いています。
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現時点で最も妥当なまとめはこうです。JWSTは、初期宇宙のブラックホールが急速に育つ短い段階を、赤く小さな点として捉えている可能性があります。その段階では、濃いガスが成長を後押しすると同時に、ブラックホール本来の姿を星のように見せているのかもしれません。