量子アルゴリズムがデータを量子的な重ね合わせのまま参照するための仕組みとして、量子ランダムアクセスメモリ(QRAM)が研究されている。実現の難所は、量子アドレスに応じて経路を選びながら、転送される量子状態のコヒーレンス(量子性)を壊さないことだ。
Origin Quantum、中国科学技術大学などの研究チームは、中国・合肥の超伝導量子コンピューター「本源悟空(Origin Wukong)」で、このためのコヒーレントな量子ルーティングを実機で示した。量子情報を、量子アドレスで制御されるバケットブリゲード型の物理ルーターネットワークに通した成果である。
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実証したのは「量子メモリー」そのものではなく、重要なルーティング基盤
今回の成果は、バケットブリゲード型QRAMに向けた決定論的かつ可逆的な量子ルーターである。古典的な制御信号で経路選択を模擬したのではなく、量子アドレスに従って量子状態を実際のルーター素子で振り分けた。
チームは独立に較正した3台のルーターを統合した。第1層の1台が、次の第2層にある2台のどちらへ送るかを決める、2層の二分木構造である。2層は、複数段の分岐を伴うルーティングを示せる最小のネットワーク構成に当たる。
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性能:伝送効率と忠実度は別の指標
報告された数値を読む際には、伝送効率とランダムアクセス忠実度を分ける必要がある。前者は情報が入力から出力まで届いた割合、後者は目的の量子状態をどれだけ正確に取り出せたかを表す。
| 構成 |
伝送効率 |
ランダムアクセス忠実度 |
| 単体ルーター |
最大98% |
最大95.74%(別報道では平均約94.8%) 1 7 |
| 2層カスケードネットワーク |
約93% |
平均82.4% 1 7 |
2層化しても伝送効率は高い一方、忠実度は下がった。複数の制御付きルーティング操作を量子状態が通過するほど、誤差が蓄積するという、拡張時の課題がすでに数値に表れている。
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トランスモンを「3準位」で使う
超伝導回路のトランスモンは通常、0と1の2状態を使う量子ビットとして扱われる。今回のルーターでは補助的なエネルギー準位も利用し、実質的に**3準位系(qutrit、キュートリット)**として動作させた。マイクロ波パルスで条件付き相互作用を制御し、入ってきた量子状態を2つの経路の一方へ送る。
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研究チームは、標準的な1量子ビット・2量子ビットゲートを多数並べるのではなく、「遷移複合ゲート」とする手法を採った。回路が深くなるほど制御誤差が重なり、デコヒーレンスで状態が失われる時間も長くなるため、回路の短縮は重要である。
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使わない中間準位をエラーの目印に
アドレス情報は、キュートリットの隣り合わない状態である |0⟩ と |2⟩ に符号化される。中間の |1⟩ はアドレスに使わないため、漏れや一部の制御ミスが起きた際のエラーフラグとして機能する。
実行結果にこのフラグが見つかった試行は、**後選択(post-selection)**で除外できる。
1 追加の誤り訂正用量子ビットを大量に必要とせず、採用する結果の品質を高められる近期的な誤差緩和策だ。
ただし、これは決定論的な量子誤り訂正ではない。フラグの出た試行を捨てるため、有効な成功率は下がる。大規模化に必要なフォールトトレラント量子誤り訂正の代替にはならない。
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4層、8層へ伸ばす際の壁
2層から4層、8層へ進むことは、同じ回路を単純に繰り返す作業ではない。バケットブリゲード型は二分木であり、深さを d とすると、必要なメモリー終端はおおむね 2^d、ルーティングノードは 2^d − 1 へ増える。元来の提案では、この木のノードにキュートリットを置く。
規模を拡大するには、単に素子数を増やすだけでは足りない。多数のルーターを精密に較正し、チップ上の接続性を確保し、マイクロ波パルスを同期させ、クロストークやリークを抑え、より長い経路でもコヒーレンスを保つ必要がある。層が増えるほど不完全なルーティング操作が重なる点も大きな課題だ。
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また、バケットブリゲード型QRAMは問い合わせ時間を O(log N) に抑えられる一方、N個のメモリーセルに対して O(N) の空間資源を要する。巨大なQRAMはハードウェア負荷が大きい。
意義は明確、過大解釈は禁物
「本源悟空」での実験は、独立に構築したルーターを実際の分岐ネットワークとして接続し、量子アドレスで制御される可逆的な量子データ移動を実証した点に意義がある。バケットブリゲード型QRAMに不可欠な、システムレベルのルーティング基盤を示した成果といえる。
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一方で、これは大規模で実用的なQRAMが直ちに利用可能になったという意味ではない。実用化には、はるかに大きなハードウェア、累積誤差の大幅な低減、拡張可能な制御・読み出し、そしてフォールトトレラント化が必要になる。今回の結果は量子メモリー・ルーティングに向けた重要な一歩であると同時に、残る工学的課題の大きさを示すものでもある。
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