金融機関はAI予算を拡大している。しかし、投資額や実験件数の多さが、そのまま事業価値にはつながっていない。
コンサルティング会社Quinlan & Associatesが突きつける論点は明快だ。金融サービス業界では「AIを導入するか」という段階はすでに過ぎ、今や各施策が収益、コスト、リスク、顧客成果のどれをどれだけ改善したのかを示すことが求められている。
投資は急増、ROIにはなお大きな隔たり
Quinlan & Associatesの推計では、金融サービス業界のAI関連支出は2025年に760億ドルに達し、2030年には1,300億ドル超となる見込みだ。
14 一方、従来型金融機関の95%はAIを検討しているか、すでに業務で活用している。それでも71%は、明確な投資利益率(ROI)を達成・実証することに難しさを感じているという。
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ここに重要なズレがある。導入の広がりは組織の意欲を示すが、個別のAI施策が持続的な価値を生んでいる証拠にはならない。Quinlanに関連する調査結果では、AI施策の43%が中止されている。多くの取り組みが安定した本番運用まで至っていないことを示す数字だ。
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なぜAIはリターンに結び付きにくいのか
Quinlanは、価値実現を阻む要因を相互に結び付いた3点として挙げる。
- テクノロジー先行の戦略:利用可能なツールを起点にし、解くべき経営課題、顧客体験、業務上のボトルネック、価値目標を後から当てはめてしまう。その結果、成果への道筋が明確なユースケースを選びにくくなる。
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- 後追いのガバナンス:リスク、コンプライアンス、統制を設計後の承認プロセスとして扱うと、多額の時間と費用を投じた後で制約が判明しかねない。
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- 拡張に耐えない業務運営モデル:データの分断、実装基盤の弱さ、AIを統制・導入・拡張する能力の不足により、有望な取り組みが実証実験(PoC)と全社導入の間で停滞する。
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これは単にモデル性能の問題ではなく、実行の問題である。モデルのライセンスを取得し、PoCを実施し、AI実験の数を増やしても、価値を回収するための業務フローや責任分担を変えなければ、財務的な成果にはつながりにくい。
ガバナンスはROIを阻むコストではなく、実現する仕組み
金融サービスにおける信頼できるAIガバナンスは、商業的な成果と切り離されたものではない。それは、ユースケースを承認し、本番に展開し、継続監視し、事業計画で想定した自律性の水準で信頼して運用できるかを左右する。
世界経済フォーラム(WEF)の金融サービス向けAIプレイブックは、リスク管理と責任あるAIの実践を全レイヤーに組み込むよう提言している。具体的には、初期段階でリスク許容度を定め、モデルを厳格に検証し、AIの行為を説明可能・追跡可能・制御可能に保つことだ。
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これは、支援型のAIから、複数の手順を自ら実行できるAIへと活用範囲が広がるほど重要になる。明確な権限の境界、エスカレーション経路、人による監督があれば、高価値な用途の拡張を妨げる運用上の不確実性を抑えられる。
基盤整備の重要性は業界調査でも裏付けられる。IIF-EYの調査では、AIを本番環境に展開する際の主要課題として、データ品質とデータの利用可能性が挙げられ、人材やガバナンス上の保護策も課題となっている。
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BCGとNVIDIAの調査は何を示すか
より広範な調査も、対象や指標は異なるものの、Quinlanの問題提起をおおむね支持している。
BCGがAI・生成AIの活用経験を持つ財務部門の幹部280人超を対象に行った調査では、自己申告によるAI・生成AIのROI中央値は**10%**だった。多くの回答者が目標とする20%を下回り、約3分の1は得られた効果が限定的だと答えた。
43 さらに世界1,250社超を対象とした別のBCG調査では、AIの価値を大規模に実現できている企業は5%にとどまり、60%は多額の投資にもかかわらず実質的な価値をほとんど得られていないと回答した。
一方、NVIDIAの2025年金融サービス調査は、本番展開済みのユースケースの一部では具体的な効果が出ていることを示す。回答者の約70%はAIによって5%以上の増収があったとし、60%超は年間コストを5%以上削減できたと答えた。生成AIでROIが高い用途としては、トレーディング・ポートフォリオ最適化、顧客体験が上位に挙がった。
これらの結果は矛盾しない。AIはリターンを生み得るが、「導入した」こと自体は成果ではない。高価値なユースケースを選び、対象業務を変え、信頼できるデータと統制を整備し、業務・財務の結果を測定できるかどうかが差を生む。
競争軸は「導入」から「実行」へ
2025年の投資額760億ドル、幅広い金融機関のAI活用、それでもなお続くROI実証の難しさ――この組み合わせがQuinlanの報告で最も強く示された点である。
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金融機関の経営層にとっての実務的な対応は、AIを孤立したPoC群ではなく、事業変革プログラムとして扱うことだ。まず測定可能な事業目標を設定する。開発前にリスクとガバナンスの要件を定める。成果の責任者を置く。そして導入後もライフサイクル全体で指標を追う必要がある。
BCGも、大きな価値を生む企業は、少数の施策に集中し、迅速に拡張し、基幹プロセスを変え、人材を育成し、業務面と財務面のリターンを体系的に測定していると指摘する。
次の競争格差は、AIを持つ金融機関と持たない金融機関の間では生まれにくい。むしろ、AIを基幹業務で安全かつ測定可能な形で運用できる組織と、価値への再現可能な道筋を持たないまま実験を積み上げる組織の間で広がるだろう。