半年後の世界経済は、最悪の予測ほど悪化していない。米国とイスラエルが2月28日にイランへの軍事作戦を開始して以降、世界は景気後退を回避し、エネルギー供給も一部が迂回ルートで維持されてきた。
しかし、これは「力強い回復」というより、複数の緩衝材で衝撃を吸収している状態だ。成長は鈍り、エネルギーコストとインフレは高止まりしている。足元の拡大を支える柱も、米国の個人消費と人工知能(AI)関連投資に集中しつつある。
5
17
景気後退は回避したが、成長率は低下
国際通貨基金(IMF)は7月の見通しで、2026年の世界経済の成長率を**3.0%と予測した。これは2024~25年の平均である3.5%**を下回る水準だ。2027年には3.4%への回復が見込まれているものの、短期的な下方修正は、戦争によるエネルギーショックを世界経済が無傷では吸収できていないことを示す。
世界の総合インフレ率も、2025年の4.1%から2026年には**4.7%**へ上昇するとIMFは見込む。ここ数年続いてきたインフレ鈍化の流れが、紛争によって止まった格好だ。
成長は続いているのに、成長率は下がり、物価上昇率は上がる。この組み合わせこそ、現在の世界経済を「強い」のではなく、「持ちこたえている」と見る理由だ。
米国の数字が示すもの
GDPは減速、それでも国内需要は堅調
米国の実質GDPは第2四半期に年率**1.5%**増加した。ロイターが紹介した市場予想の2.1%を下回ったが、輸入が全体の数字を押し下げた面があり、国内の経済活動はより底堅かった。
22
米国の経済活動の3分の2超を占める個人消費は、前期のわずか0.5%増から、第2四半期には年率**3.2%**増へ加速した。
22
つまり米国経済は止まってはいない。ただし、景気全体が幅広く加速しているというより、国内需要が成長を支えている構図だ。
AI投資が重要な下支えに
企業の設備投資は第2四半期に年率**15.2%**増加した。企業がAI向けの計算能力、半導体、データセンターへの支出を続けているためだ。
22
IMFによれば、世界的なテクノロジー投資の加速が、戦争に伴うエネルギーショックの影響を部分的に相殺している。AI投資は米国企業の利益や個人消費を支えるほか、各国でデータセンター建設やAIハードウエアの生産能力拡大も促している。
17
ただし、支えが一つの分野に集まりすぎている点はリスクでもある。AIインフラへの投資効果が期待に届かなければ、投資、企業利益、株式市場を現在支えているセクターが、逆に景気の弱点となる可能性がある。IMFもAI関連の市場期待が修正されることを下振れリスクとして挙げている。
金融市場の回復は実体経済より速い
開戦直後、市場は大きく反応した。原油価格は急騰し、金利は上昇、株価は下落した。
ところが8月下旬までに、米国の主要株価指数は3月下旬の安値から大きく回復した。ダウ工業株30種平均は約19%、S&P500種指数は約22%、ナスダック総合指数は**27%**上昇した。特にテクノロジー株が上昇を主導した。
7
投資家は初期ショックを乗り越え、企業利益やAI需要、エネルギー供給の混乱が限定的にとどまる可能性へ目を向けているように見える。
しかし、株式市場の回復が家計や企業の実感と一致しているわけではない。燃料費や輸送費は消費者の負担となり、石油精製品の不足は特に大きな混乱をもたらしている。
1
4
原油はピークから下落、それでも割高
ブレント原油は4月に一時、1バレル120ドルを超えた。8月下旬には4月のピークからおよそ3分の1下落したものの、開戦前の水準をなお**約20%**上回っていた。
2
8
ここに現在の市場の妥協点がある。代替ルート、輸送先の変更、在庫の取り崩しによって最悪の価格シナリオは回避された。一方で、供給システムそのものは損なわれたままだ。
開戦前、ホルムズ海峡を通過していた原油・石油精製品は1日約1,800万バレルだった。ロイターによると、通過量は7月に日量480万バレルへ減少し、8月は平均で約200万バレルに落ち込んだ。
影響は原油だけにとどまらない。ロイターの比較では、欧州のディーゼル価格は開戦以降70%超上昇し、米国のガソリン価格も60%上昇した。
4
国際エネルギー機関(IEA)は、ホルムズ海峡の閉鎖や地域インフラへの攻撃が続くなか、2026年の世界の石油供給が日量430万バレル、約4%減少すると予測している。
インフレが金融政策を難しくする
エネルギーショックによって、中央銀行は景気減速への対応を取りにくくなっている。利下げをすれば需要を支えられるが、燃料価格とインフレ期待が高いままなら物価上昇を長引かせかねない。逆に金融引き締めを続ければ、インフレ抑制には役立つ一方、景気減速を深刻化させるおそれがある。
米連邦準備制度理事会(FRB)が重視する個人消費支出(PCE)物価指数は、8月下旬に市場予想をやや上回った。年間の総合PCEインフレ率は3.7%、食品・エネルギーを除くコアPCEインフレ率は**3.3%**で、いずれもFRBの目標である2%を上回った。
18
政策当局は、弱い成長に対しては支援が必要である一方、目標を上回るインフレには慎重でなければならない。いわばスタグフレーション型の難しい選択を迫られている。
なぜ、この回復は長続きしない可能性があるのか
ホルムズ海峡の代替策には限界
戦略備蓄、パイプライン、代替輸出ターミナルは、一時的な供給停止の影響を和らげることはできる。しかし、通常は世界の原油と液化天然ガス(LNG)の約5分の1が通過する海峡を、完全に置き換えることはできない。
5
各国は一部の貨物を別ルートへ回しているが、制限が長引くほど在庫は減り、代替輸送のコストは上昇する。IEAは地域からの輸出量が減少し、年内の供給見通しも引き下げられたと報告している。ロイターも、紛争開始以降に世界の石油在庫が大幅に取り崩されたと伝えている。
欧州はエネルギー面でより大きな圧力
エネルギー輸入への依存度が高い経済圏では、原油、ガス、精製燃料の価格上昇が輸入コストを押し上げる。同時に、家計や企業が使える購買力を削り、産業活動にも重荷となる。
こうした状況を受け、欧州やアジアの政府は化石燃料の輸入依存を減らすため、再生可能エネルギーへの投資を加速している。
長期的にはエネルギー安全保障の改善につながる可能性があるが、供給混乱が続く間の短期的なコストを消し去るものではない。
AIは「緩衝材」から「弱点」へ変わる可能性
AI向け設備投資は現在、景気の弱さを補っている。ただし、半導体、データセンター、計算インフラへの巨額投資が最終的に企業の利益へ結びつくかは、まだ検証の途上にある。
IMFなどの見通しは、AI関連の期待が修正される可能性をリスクとして示しているが、実際に修正が起きると断定しているわけではない。
重要なのは、エネルギー供給が異例の制約を受けるなかで、世界経済が強力ではあるものの集中度の高い需要源に依存しているという点だ。
結論:持ちこたえたが、余裕は小さい
景気後退が回避された背景には、複数の防波堤が同時に機能したことがある。米国の個人消費は堅調で、AI関連の企業投資は加速し、株式市場は回復した。石油も代替ルートを通じて一部が供給され、初期ショックは抑えられた。
ただし、これらは問題の原因を解決したのではなく、衝撃を先送りしているにすぎない。
現在の指標が示すのは、きわめて狭い成長の道筋だ。米国のGDPは増加し、消費が経済を支え、AIが投資を押し上げ、株価は反発している。その一方で、世界の成長率は低下し、インフレ率は上昇し、ホルムズ海峡の供給混乱が備蓄を消耗させている。
海峡の制限が続く、あるいはAI投資の収益が期待を下回れば、開戦から半年間見られた「持ちこたえる力」を維持するのは、はるかに難しくなるだろう。