宇宙は現在も膨張しているだけでなく、その膨張速度を増している――これが長く受け入れられてきた宇宙論の基本的な見方です。ところが近年、Ia型超新星の明るさを距離の目印として使う方法に、見過ごされてきた系統誤差があるのではないかという論争が起きています。
焦点となっているのは、超新星を生んだ星の年齢です。延世大学の研究チームは、年齢によって超新星の標準化後の明るさが変わるなら、遠方の超新星が暗く見えることを宇宙膨張の加速と誤解している可能性があると指摘しました。一方、アダム・リース氏とブライアン・シュミット氏を含むサウサンプトン大学主導のチームは、その効果は過大評価されており、宇宙の加速膨張は依然として最も妥当な解釈だと反論しています。
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延世大学が2025年に示した主張
Ia型超新星は、宇宙の距離を測る「標準光源」として利用されています。爆発時の本来の明るさがほぼ一定だと仮定し、実際にどれほど暗く見えるかを比較することで、地球からの距離を推定する仕組みです。
しかし、爆発を起こす星の集団が若いか年老いているかによって、標準化後の明るさに系統的な違いが残るなら、距離の推定にも偏りが生じます。延世大学の研究チームは2025年11月、超新星の標準化後の明るさと、超新星が存在する銀河の恒星集団の年齢との間に強い関係があると報告しました。
さらに、赤方偏移が大きくなるほど観測対象となる銀河の平均年齢が変化するため、この年齢効果が宇宙膨張の歴史に対する見かけの偏りを生むと分析しました。年齢に基づく補正を適用すると、現在の宇宙膨張が加速しているという説得力のある証拠は残らず、宇宙はすでに減速膨張の段階に入った可能性があると結論づけています。
この結果が確認されれば、標準宇宙論であるΛCDMモデルに大きな影響を与えます。ΛCDMでは、宇宙定数Λ、一般には暗黒エネルギーと呼ばれる成分が、宇宙の late-time acceleration、つまり宇宙の後期における加速膨張を引き起こすと考えられています。現在になって膨張が減速へ転じたなら、暗黒エネルギーが時間とともに変化・弱まっているか、超新星の解釈や重力理論を大幅に見直す必要があります。
サウサンプトン大学側の反論
サウサンプトン大学主導の研究チームは、延世大学の分析について主に2点を問題視しました。
1. 銀河の年齢と、超新星の祖先星の年齢は同じではない
延世大学の分析では、超新星が属する銀河の恒星集団の年齢を、爆発した星、あるいはその前身となった白色矮星の年齢を推定する手がかりとして用いています。
これに対しサウサンプトン大学側は、銀河にはさまざまな年齢の星が含まれているため、銀河全体の平均年齢を、特定の超新星を生んだ祖先星の年齢と直接みなすことはできないと指摘しました。
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つまり、赤方偏移に伴って銀河の平均年齢が変化していても、その変化が超新星の祖先星の年齢に同じ割合で反映されるとは限りません。
2. 銀河質量補正「mass step」の扱い
もう一つの争点は、超新星の標準化で一般的に使われる銀河質量補正です。これは、超新星の明るさが、爆発した銀河の質量と関連する環境特性にも左右されることを考慮する補正で、「mass step」と呼ばれます。恒星の年齢と銀河質量には相関があるため、この補正は年齢による見かけの効果の一部も取り込む可能性があります。
サウサンプトン大学側が同じデータに質量補正を適用したところ、銀河の年齢と、標準化後の超新星の明るさの残差、いわゆるハッブル残差との関係は大幅に弱まりました。そのため、年齢補正だけでは宇宙の加速膨張を示すシグナルを消せないと結論づけています。
延世大学の再反論――広すぎる赤方偏移範囲が関係を平坦化した?
延世大学は、この反論で論争が解決したわけではないとしています。再分析で特に問題視したのは、サウサンプトン大学側が、およそ z = 0.04 から z = 0.42 までという広い赤方偏移範囲の超新星を一括して扱った点です。
この範囲では、超新星の宿主銀河の平均年齢が約30億年変化します。延世大学によれば、年齢の大きく異なる天体を回帰分析の前にまとめると、年齢とハッブル残差の関係が実際より平坦に見える可能性があります。
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また、延世大学は、次の2つの量をサウサンプトン大学側が実質的に切り離して扱っていると主張しています。
- 年齢と超新星の明るさの関係を示す傾き
- 赤方偏移に伴って祖先星の年齢がどの程度変化するか
祖先星の年齢変化が銀河全体の平均年齢変化より小さかったとしても、年齢と明るさの関係の傾きが大きければ、最終的な年齢補正は依然として無視できない大きさになる――これが延世大学側の主張です。さらに、反論側で用いられた質量と塵の扱いが、年齢シグナルを人工的に抑えている可能性も指摘しています。
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本当の対立点は「加速か減速か」だけではない
この論争は、単純に「宇宙は加速しているのか、減速しているのか」を争っているわけではありません。より本質的には、Ia型超新星のデータが、恒星集団の年齢や銀河の質量、塵、周辺環境の違いについて十分に補正されているかどうかが争点です。
サウサンプトン大学側は、次のように考えています。
- 銀河の平均年齢を、特定の超新星の祖先星の年齢として直接使うことはできない
- 銀河質量補正によって、見かけの年齢依存性の大部分はすでに取り除かれている
- 残った年齢効果は、宇宙の加速膨張という解釈を覆すほど大きくない
一方、延世大学側は次のように反論しています。
- 銀河の年齢は直接的な祖先星の年齢ではないものの、恒星集団との関係から有効な代理指標になり得る
- 広い赤方偏移範囲でデータを混ぜると、年齢と明るさの傾きが過小評価される
- 祖先星の年齢変化が小さくても、より急な年齢・明るさ関係によって大きな補正が残り得る
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独立した研究チームによる、より大規模で均質なサンプルの検証が行われるまでは、どちらの立場も標準宇宙論を決定的に覆したとはいえません。
DESIの結果は何を示しているのか
論争を考えるうえで、ダークエネルギー分光装置(DESI)の観測結果も重要な背景となります。DESIは、銀河などの分布に刻まれた「バリオン音響振動(BAO)」を利用し、超新星とは異なる方法で宇宙の距離と赤方偏移の関係を測定しています。
DESIのBAOデータを、宇宙マイクロ波背景放射(CMB)や複数の超新星サンプルと組み合わせた分析では、暗黒エネルギーが時間とともに変化するモデルがΛCDMより好まれる場合があります。DESIとCMBを組み合わせたある解析では、時間変化する暗黒エネルギーモデルがΛCDMを上回る統計的な選好は3.1シグマと報告されました。超新星サンプルを加えた場合の有意度は、どのサンプルを使うかによって2.8〜4.2シグマの範囲で変化します。
ただし、これは宇宙が現在すでに減速していることを独立に証明するものではありません。BAOは宇宙の距離と膨張の履歴を制約しますが、それを「時間変化する暗黒エネルギー」と解釈するかどうかは、採用するモデルや組み合わせるデータに依存します。最近の分析には、ΛCDMに対する動的暗黒エネルギーの優位性を穏やかなもの、あるいは決定的でないものと評価する研究もあります。
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論争を決着させるために必要な観測
比較的明確な検証方法の一つは、異なる赤方偏移にある銀河のうち、恒星年齢ができるだけ似た宿主銀河で起きた超新星を比較することです。宿主銀河の年齢差を小さくできれば、大きな理論的補正に頼る必要が減ります。
今後は、次のようなデータが鍵になります。
- 選択条件が統一された、より大規模な超新星サンプル
- 超新星の宿主銀河に対する分光観測
- 銀河全体の恒星集団の年齢と、実際の祖先星の年齢のより明確な区別
- 銀河質量、塵、局所環境の影響を独立に検証する分析
- Vera C. Rubin天文台やNASAのNancy Grace Roman宇宙望遠鏡による新たな観測
これらの観測によって、超新星そのものの明るさが進化しているのか、それとも赤方偏移に伴う選択効果や銀河環境の違いが見かけの変化を生んでいるのかを切り分けられる可能性があります。
現時点での結論
現時点で最も慎重なまとめは、宇宙の加速膨張が依然として標準的な解釈だということです。ただし、Ia型超新星を用いた宇宙論では、恒星の年齢や銀河環境に由来する系統誤差をどこまで正確に補正できるかが、改めて大きな課題になっています。
サウサンプトン大学側は、延世大学が年齢補正を過大評価していると主張しています。延世大学側は、反論の分析が年齢と明るさの傾きを過小評価し、祖先星の年齢変化と年齢・明るさ関係の数学的な結びつきを十分に扱っていないと反論しています。
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DESIのデータは、暗黒エネルギーが完全な定数ではない可能性を残しています。しかし、それだけで「宇宙はすでに加速から減速へ転じた」と結論づけることはできません。決着をつけるのは、より精密で均質な超新星観測と、超新星に依存しない独立した宇宙論的検証になるでしょう。