災害はどのように起きたのか
災害は8月26日に発生し、翌27日に死者数や救助活動の状況が大きく報じられました。ネパールと中国チベット自治区の国境付近で、氷河の一部と大量の泥・岩石が崩落。氷と岩石が一体となった大規模な雪氷・土砂なだれとなって、山間の河川に流れ込みました。
崩落した土砂などがLhende Khola(Lhende川)を一時的にふさぎ、上流側に水がたまりました。その後、土砂の壁を水が越える、あるいは壁が決壊したことで、水、氷、泥、岩石が一気に下流へ流出。鉄砲水と土石流が谷あいの集落や道路、橋、発電関連施設をのみ込みました。34
どの地域が被災したのか
最も大きな被害が確認されたのは、ネパール北部の国境沿いの谷と、そこから続く下流の河川回廊です。崩落地点はランタン国立公園付近と報じられ、カトマンズとチベット自治区の中心都市ラサを結ぶ、トレッカーや巡礼者が利用するルートにも影響が及びました。34
国境の反対側にある中国チベット自治区でも、土砂災害による死者や行方不明者が報告されました。一方、インドが主な直接被災地になったとは報じられていません。ただし、洪水が下流へ広がる可能性があるとして、インド・ヒマラヤの一部を含む地域でも警戒が呼びかけられました。35
死者・行方不明者の数は?
被害者数は集計の時点や国ごとの発表によって大きく変動していました。ロイターの後続報道では、死者は少なくとも359人、行方不明者は約1,000人とされました。一方、初期の国境をまたぐ集計では、まだ連絡が取れていない人を広く含め、ネパールとチベットで約1,500人が行方不明とする数字も出ていました。126
ネパール観光当局は、外国人旅行者について、インド人130人超、米国人47人、オーストラリア人34人、英国人33人、カナダ人24人、マレーシア人19人を含む、約400人が行方不明と earlier に発表していました。7
インド外務当局によると、ネパール国内で少なくとも288人のインド国民が行方不明となり、中国側でも約200人が足止めされていました。6
巻き込まれた巡礼者と観光客
被災地域を通過していたのは、外国人トレッカーや観光客だけではありません。ネパールを経由してチベットへ向かうヒンドゥー教徒の巡礼者も多く、聖地カイラス山を目指す人々が被害に遭ったとみられています。16
インド南部の旅行会社が手配した約60人の巡礼団では、ガイドを含む約30人が行方不明になったと報じられました。16
救助活動と新たな洪水の危険
ヘリコプターの乗員や救助隊は、道路や橋が寸断された山間の谷を捜索しました。ネパールと中国の当局は、さらなる被害が懸念される地域から住民を避難させ、インド当局も自国民の所在確認と支援にあたりました。28
ただし、負傷者や救助者の数について、国境をまたいだ信頼できる確定値は報道時点でまとまっていません。また、国際人道支援団体が救援活動でどの程度の役割を担ったか、最終的に何人が救助されたかについても、利用可能な報道だけでは確定できません。28
さらに、ネパールと中国は、崩落した土砂の背後に2つの湖が形成され、水がたまっていると警告しました。再び決壊すれば下流で洪水が起きるおそれがあり、行方不明者の捜索や住民の帰還も、崩れやすい斜面、土石流、寸断された交通網、再度の洪水に注意しながら進める必要がありました。1
地震が原因だったのか
初期報告では、現地でマグニチュード4.4の地震が観測され、地震が氷河の崩落を引き起こした可能性が指摘されました。しかし、その後の報道と科学的な分析では、観測された地震波は地殻変動による通常の地震ではなく、大規模な氷河・岩石崩落そのものによって生じた可能性が高いとされています。つまり、現時点の情報では、地震が災害の直接の原因だったと断定する根拠はありません。45
気候変動との関係は?
科学者は、この個別の崩落を気候変動が直接引き起こしたと断定していません。ただし、気温上昇によってヒマラヤの氷河が不安定になったり、永久凍土が融解したりすれば、氷河崩落や山地の地滑りに関わる危険性が高まる可能性は指摘されています。これは一般的なリスク要因であり、今回の災害の原因が気候変動だったことを示す証拠とは別に考える必要があります。4