「RAMが5倍」は本当。ただし、すべての製品が対象ではない
2026年のAIブームは、一般ユーザーにとって意外な影響をもたらしている。かつては比較的安価だったPC用メモリが、いまや供給のボトルネックになっているのだ。
米国の小売価格を追跡したデータによると、2枚組のDDR5-4800・16GBキットは、2025年8月の平均90ドルから2026年8月には425ドルへ上昇し、372%の値上がりとなった。2×32GBのDDR5-5600キットは191ドルから1,118ドルへ、485%上昇。DDR5-6000の2×32GBキットも222ドルから1,272ドルへ、473%値上がりしている。20
ただし、これらは米国の特定構成・特定時点における小売価格の平均だ。DDR4やDDR5全体に一律で適用される契約価格の上昇率ではない。容量、速度、販売店、地域、在庫状況、そして一般向けUDIMMかサーバー向けモジュールかによって価格は大きく異なる。
それでも高容量DDR5の価格が異常な水準に達していることは確かだ。追跡対象の128GB DDR5-6400キットには、3,399ドルという価格が付いている例もある。18
なぜAIサーバーが家庭用PCのメモリを奪うのか
生成AIを動かすアクセラレーターは、HBM(High Bandwidth Memory)と呼ばれる高帯域幅メモリを大量に使用する。HBMはDRAMダイを基に作られるが、積層、先端パッケージング、テスト、顧客ごとの認証など、通常のPC用メモリとは異なる工程が必要だ。
さらに、AIインフラ向けのサーバーDRAMも強い需要を集めている。Samsung、SK hynix、Micronの大手3社は、より利益率の高いAIサーバー向け製品へ生産能力を振り向けていると報じられており、その影響でPCやスマートフォンに使われる一般的なDRAMの供給が締め付けられている。513
ネット上では「メーカーが生産の70%をHBMへ移した」という説明も見られるが、これは注意が必要だ。確認できる報道が示しているのは、AIデータセンターが推計によっては世界のメモリ需要または供給能力の最大70%を占める可能性があるという話であり、DRAM製造全体の70%が文字通りHBMへ転換されたという意味ではない。14
HBM、サーバーDRAM、一般向けDDR4・DDR5は同じ製品ではない。しかし、前工程のウェハーや製造設備、パッケージングなど一部の資源を共有するため、AI向けメモリの採算が良くなるほど、一般消費者向けに回る供給が減る構図が生まれる。
PCは値上げだけでなく「メモリ削減」も起きる
メモリはPCの部品表の一部にすぎないが、メーカーが上昇分を吸収し続けるのは難しい。調査会社IDCは、2026年の平均PC価格が最大8%上昇する可能性を示している。同時に、価格上昇による需要減でPC出荷台数が縮小するシナリオも予測している。8
実際、Lenovo、Dell、HP、Acer、ASUSなどが値上げの準備や警告を示していると報じられている。312 日本ではVAIOが、メモリなど部材価格の高騰を理由に、2026年9月18日出荷分から個人向けPCの価格を順次引き上げると発表した。直販サイトなどで扱う現行製品が主な対象で、アウトレット品や公式リファービッシュ品などは一部対象外となる。2
消費者への転嫁は、単純な販売価格の引き上げだけとは限らない。標準搭載メモリを減らす、選べる構成を絞る、新製品の発売を遅らせる、より高価なモデルへ誘導するといった対応も考えられる。IDCも、値上げ分をすべて価格に乗せる代わりに、従来より少ないメモリを搭載して出荷する製品が出てくる可能性を指摘している。7
ゲーマーや自作PCユーザーへの影響
消費者側では、アップグレードの先送り、16GBや32GB構成への切り替え、中古PCの購入、既存PCの延命といった対応が現実的になる。
メモリ価格の高騰を理由に、ゲーマーが一斉に旧作や低負荷ゲームへ移行していると示す信頼できる統計は、現時点では十分ではない。ただ、新規のゲーミングPCを組む際に高容量キットが予算を大きく圧迫する状況は明らかだ。サーバー向けの高容量DDR5では、数千ドルに達する例もある。18
購入時は、最大容量だけを見るのではなく、PC全体の価格と用途のバランスを確認したい。必要な作業に十分なメモリを搭載した、より安価なプラットフォームの方が、使い切れない大容量キットに割高な料金を払うより合理的な場合もある。
スマートフォン、GPU、車載機器にも波及
DRAMやNANDフラッシュは、PCだけでなく、スマートフォン、ゲーム機、グラフィックス機器、ネットワーク機器、自動車、産業機器にも組み込まれている。IDCは2026年の供給量の伸びを、DRAMで前年比16%、NANDで17%と見ており、過去の標準的な伸びを下回ると予測している。7
TrendForceによれば、スマートフォンメーカーも値上げや仕様の引き下げを迫られ始めている。3 ただし、iPhoneやXiaomi製品が具体的にいくら値上がりするかは、各社の調達契約、在庫、製品構成、利益率をどこまで犠牲にするかによって変わる。特定機種の値上げを断定できる状況ではない。
生産能力が増えても、2025年の価格にはすぐ戻らない可能性
Samsung、SK hynix、Micronなどは生産能力の拡大を進めている。しかし、新工場や先端パッケージング設備は、建設後すぐにフル稼働できるわけではない。歩留まりの改善、品質認証、顧客による評価を経て、実際に市場へ供給できる数量が増えるまでには時間がかかる。
特にHBMでは、ウェハーの生産能力だけでなく、専用パッケージングと顧客認証も必要だ。そのため、HBM向け設備が増えたからといって、店頭のDDR5がすぐに安くなるわけではない。
IDCはメモリ供給の問題が2026年を通じて、さらに2027年まで続く可能性があると見ており、現行モデルでは予測期間中に2025年の価格水準へ戻る展開を想定していない。
もっとも、価格が今後も上がり続けると決まったわけではない。AI需要が強く、メーカーがHBMやサーバーメモリを優先し続ければ、消費者向けRAMは2025年より構造的に高い状態が続く可能性がある。一方、新能力の立ち上がりとAI投資の減速が重なり、PCメーカーや流通業者が過剰発注していれば、在庫が積み上がって後から価格が急落する「ブルウィップ効果」も起こり得る。
最も確実に言えるのは、すべてのRAMが永遠に5倍になるということではない。これまで当然視されてきた「消費者向けメモリは豊富で安い」という前提が、AIインフラ投資によって崩れたということだ。供給能力の増強はやがて状況を改善するだろうが、それだけで2025年の安価なRAM市場へ短期間に戻る保証はない。