SK hynixの郭魯正(クァク・ノジョン)CEOは、現在のメモリー不足を一時的な市況の波ではなく、AIによって生じた構造的な供給制約と見ている。明確な景気後退の兆候はないとして、需給の逼迫は2030年末まで続くとの見通しを示した。25
もっとも、これは将来を保証する発表ではない。AI投資が減速したり、半導体メーカーの増産が想定以上に進んだり、世界経済が大きく落ち込んだりすれば、需給バランスは変わり得る。それでも、今回の見通しが注目されるのは、AIがメモリーの設計、販売、製造のあり方そのものを変えているからだ。
AIで変わるメモリー市場の「好況と不況」
メモリー半導体はこれまで、典型的な景気循環型の市場とされてきた。価格が上がればメーカーが設備を増やし、やがて供給過剰となって価格が急落する——いわゆるメモリーサイクルである。
郭CEOの見方では、AIの普及によってこのサイクルが従来ほど単純ではなくなっている。AIシステムは、大量のデータを高速に処理するため、高帯域幅メモリー(HBM)をはじめとする高性能メモリーを必要とする。一方で、メモリー製品は汎用品から、用途や顧客に合わせて設計する製品へと比重を移している。510
顧客専用化が進むと、メーカーと顧客は生産能力を増やす前に、製品ロードマップ、設計要件、認証、納入計画などをすり合わせる必要がある。需要を見通しやすくなる反面、設備を一気に増やすことは難しくなる。510
さらに、先端メモリーの供給能力を増やすには、工場や先端パッケージング設備を建設し、装置を導入し、量産に向けて立ち上げ、顧客の認証を得なければならない。投資を決めても、すぐに出荷量が増えるわけではない。
郭CEOは、いずれAI需要がピークを迎えたり、景気後退が起きたりする可能性自体は否定していない。ただ、その後の減速は、過去数十年に見られた深刻な供給過剰とは異なり、需要が「崩壊」するのではなく、伸びが鈍化する形になるとみている。711
Micronの巨額投資も供給制約を示す
Micronの発言も、短期的な需給の厳しさを裏付けている。同社CEOによると、データセンター顧客が求めるメモリー量は、Micronが供給を確約できる量を約50%上回っている。
同社は2026会計年度に約260億ドル、2027会計年度には450億ドル超の設備投資を計画していると報じられている。また、AI需要の拡大と供給の逼迫を受け、2026会計年度の投資計画を50億ドル引き上げたとの報道もある。
これらの投資は将来的な供給能力を押し上げるが、目の前の不足を直ちに解消するものではない。半導体工場や先端パッケージングのラインは、建設から装置の搬入、量産立ち上げ、顧客認証まで数年を要するためだ。
したがって、巨額の設備投資は「不足がすぐ解消する」という意味ではなく、メーカーが予想する需要の規模と、供給拡大の難しさを示している。供給が増えるとしても、段階的になる可能性が高い。Micronは、供給不足が強い価格決定力と過去最高水準の業績につながっていることも示している。
インディアナ州で進む40億ドル超のHBM拠点
SK hynixは、米インディアナ州ウェストラファイエットのパデュー・リサーチ・パークで、AI向けメモリーの先端パッケージングおよび研究開発施設の建設に着手した。投資額は40億ドル超で、同社にとって米国初のHBM生産拠点となる。18
公表された主なスケジュールは次の通りだ。
- 最初のクリーンルームは2028年10月までに稼働する予定。
- 次世代HBM4Eの量産は2029年第3四半期を計画している。14
- 2030年までに、インディアナ州を米国における主要なHBM生産拠点にする構想だ。8
ここで注意したいのは、この施設が従来型の前工程ウェハー工場ではなく、先端パッケージングを担う拠点だという点である。メモリーの基となるウェハーはサプライチェーン内の別の場所で製造され、インディアナ州の施設ではAIシステム向けに先端メモリーを組み立て、パッケージ化する。18
パデュー大学との連携は、大学の研究力や技術教育、人材育成を施設と結びつける役割を担う。米国の半導体産業が抱える先端パッケージング能力の不足を補うことも、プロジェクトの目的の一つだ。1718
インディアナ州当局は、2030年末までに最大800人の高賃金雇用が生まれると見込んでいる。17建設や関連企業まで含めた雇用推計には、これより大きな数字もある。ただし、施設が直接生み出す雇用と、地域経済全体への波及効果は同じものとして扱うべきではない。
カスタムHBMは価格を安定させるのか
顧客ごとに仕様を調整するメモリーが増えると、メーカーと顧客の双方に市場構造の変化が起きる。SK hynixやMicronにとっては、供給が需要に追いつかない間、希少性の高いHBMなどを通じて、強い価格設定力や高い設備稼働率、利益率の改善を得やすくなる。Micronの業績は、その効果の大きさを示している。
AIシステムを開発する企業にとっては、事情が異なる。HBMは高性能AIアクセラレーターに欠かせない部品であるため、価格が上がればシステムの製造コストも増える。企業は製品価格、製品構成、長期供給契約、設計変更などで対応できるが、メモリー不足が長引けば、AIデータセンターを拡張するコストは無視しにくくなる。
つまり、同じ供給不足が、メモリーメーカーには追い風となる一方、AIハードウェア企業にはコスト面の制約となる可能性がある。
「2030年まで」は期限ではなく予測
郭CEOの最近の発言で最も具体的なのは、メモリー不足が2030年末まで続くという予測だ。これに先立つBloombergの報道では、見通しが2030年を超える可能性にも言及されていたが、その後インディアナ州で行われた発言では「2030年末」が基準として示された。125
この違いは、供給不足の終了日が決まっていることを意味しない。重要なのは、AI需要の拡大、HBMのような専用性の高い製品、長い認証期間、顧客と連携した設備計画が重なり、メモリー市場が過去の汎用品中心のサイクルへ短期間で戻る可能性を低くしていることだ。
SK hynixの予測が正しければ、メモリーメーカーにとっては価格決定力を保ちやすい期間が長引く。一方、AIハードウェア企業にとっては、データセンター建設の初期ブームが落ち着いた後も、メモリーの確保とコスト管理が経営上の重要課題であり続けることになる。