2026年6月8日および10日に公表された米国防総省の更新版「Section 1260H」リストは、従来の防衛関連企業だけでなく、電子商取引、検索・AI、自動車、半導体、バイオテクノロジー、ロボットなどの大手企業にも対象を広げた。
アリババ、百度、BYD、長鑫存儲技術(CXMT)、長江存儲科技(YMTC)、WuXi AppTec、RoboSense、Unitreeなどが新たに注目を集めた企業だ。もっとも、このリストは一般的な制裁・輸出禁止リストではない。指定そのものが民間企業との取引を一律に禁じるわけではないが、米国防総省の調達には重要な制限を生じさせる。2
何が変わったのか
今回の更新では、親会社17社と既存企業の子会社48社を合わせた65法人が追加され、掲載対象は188法人となった。3439
主な追加企業には、次のような企業が含まれる。
- アリババ・グループ
- 百度(Baidu)
- 電気自動車大手のBYD
- メモリ半導体メーカーのCXMT
- NAND型フラッシュメモリ大手のYMTC
- 医薬品の研究開発・受託製造を手がけるWuXi AppTec
- LiDARなどを開発するRoboSense
- 四足歩行・人型ロボットで知られるUnitree
- 自動車メーカーのNIOなど。381317
一方、2025年1月7日版に掲載されていた以下の10法人は削除された。1
- Anhui Sun Create Electronics
- China International Information Services
- China National Chemical Engineering
- China Traffic Construction USA
- CNOOC China
- CNOOC International Trading
- COSCO Shipping Finance
- Costar Group
- GLARUN Technology
- Taiji Computer
今回の正式版は、いったん公表後に取り下げられた2026年2月版の内容をおおむね踏襲したものとみられる。ただし、2月版で外れていたCXMTとYMTCが今回の版では含まれた。35
指定の法的根拠は何か
根拠となったのは、2021会計年度国防権限法(NDAA)に盛り込まれたSection 1260Hだ。この規定は、米国内で直接または間接的に活動する中国企業について、人民解放軍(PLA)や中央軍事委員会との十分な関係がある企業、あるいは中国の「軍民融合」政策を通じて防衛産業基盤に貢献している企業を、国防総省が特定・公表するよう求めている。2
ここでいう軍民融合とは、民間企業の技術、研究、人材、設備などを国家の軍事近代化にも活用する中国の政策・産業構造を指す。したがって、掲載企業のすべてが武器を製造していると国防総省が主張しているわけではない。公表資料では、企業の所有関係、政府機関とのつながり、国家主導の産業政策への参加などが重視されている。
企業ごとに示された主な理由
アリババと百度
国防総省は、両社について、国有企業を所管する国務院国有資産監督管理委員会(SASAC)との間接的な関係を指摘した。また、中国工業情報化部(MIIT)との関係を理由に、軍民融合を通じて中国の防衛産業基盤に貢献する企業と位置づけた。2
BYD
BYDについては、SASACとの直接・間接の関係に加え、MIITとの間接的な関係があると国防総省は説明した。そのうえで、軍民融合への貢献企業に該当するとした。2
CXMT
DRAMなどを手がけるCXMTについては、MIITとの直接的な関係、SASACおよびMIITとの間接的な関係が理由として示された。2
YMTC
フラッシュメモリメーカーのYMTCについて、国防総省はSASACによる間接所有と、MIITおよび国家国防科技工業局(SASTIND)との間接的な関係を挙げた。1
WuXi AppTec
医薬品の研究開発・受託製造を行うWuXi AppTecについては、SASACによる間接所有、SASTINDおよび人民解放軍との間接的な関係が示された。1
Unitree
ロボットメーカーのUnitreeについて、SASACによる間接所有と関係を指摘し、軍民融合への貢献企業と説明した。2
RoboSense
RoboSenseについては、人民解放軍との関係があるとの国防総省の認定を通じて、中国の防衛産業基盤に結びつく軍民融合の貢献企業だと位置づけられた。2
公表資料で分かること、分からないこと
国防総省が示した根拠は、主として行政上・構造上の関係だ。具体的には、SASAC、MIIT、SASTIND、人民解放軍との関係、国有資本による所有、政府の産業支援、軍需生産の許認可、軍民融合関連区域への進出、「小巨人」や「単一製造業チャンピオン」といった政府認定などが挙げられている。12
ただし、公開された通知は各社についての結論と法令上の分類を示す一方、個別企業ごとの詳細な情報機関資料や、関係を裏付ける証拠の全容までは公表していない。12
そのため、公開情報だけで、国防総省が主張する関係の実態を独立に検証できる状態になっているとは限らない。
掲載されると何が起きるのか
Section 1260Hの掲載は、米財務省外国資産管理局(OFAC)のSDNリストや、中国軍産複合体企業リスト(NS-CMIC)への指定と同じではない。掲載だけで資産凍結、輸出全面禁止、民間企業との取引禁止が自動的に発生するわけではない。2
また、対象企業は、指定の根拠が不十分であることや、指定理由となった事情がなくなったことを示す資料を提出し、再検討を求めることができる。1
ただし、米国防総省の契約には明確な影響がある。2026年6月30日から、国防総省は掲載企業、または掲載企業の支配下にある企業と、物品・サービス・技術の調達契約を直接締結、更新、延長することができなくなる。2
さらに、規制は防衛省と中国企業との直接契約だけにとどまらない。2027年6月からは、掲載企業が製造・開発した物品やサービスを、第三者を通じて国防総省が調達する場合にも制限が及ぶ見通しだ。2
そのため、米国の防衛関連請負企業は、クラウドやAIサービス、センサー、電池、車両、半導体、検査・研究サービス、ロボットなどについて、サプライチェーン上に掲載企業の製品や技術が含まれていないか確認し、代替品の確保や契約上の対応を進める必要がある。2
企業と中国政府の反応
アリババ、百度、BYD、WuXi AppTecは、軍との関係があるとする位置づけを否定した。アリババは掲載の根拠がないと主張し、自社は中国の軍事企業でも軍民融合戦略の一部でもないとして、利用可能な法的手段を取る考えを示した。7
百度も、掲載には信頼できる正当化理由がなく、軍事企業だとする指摘は根拠がないとして、リストからの削除に向けて対応すると表明した。
中国政府は、米国が「国家安全保障」の概念を拡大解釈し、中国企業を差別的なリストで不当に抑圧していると非難した。中国商務省は対抗措置を取る可能性を示した。67
こうした企業側・中国政府側の否定は、国防総省が公表した関係性に基づく認定と正面から食い違っている。現時点で公表資料だけでは、背後にある関係の事実関係をめぐる争いに決着がついたとはいえない。127
今後の焦点
今回の更新が示したのは、米国の対中審査が、兵器メーカーだけでなく、半導体、AI、自動車、バイオ、ロボットといった基幹技術分野の民間企業にも広がっていることだ。
Section 1260H指定だけで直ちに民間取引が止まるわけではないが、防衛関連企業にとっては調達先や部品、ソフトウエア、研究サービスの見直しが必要になる。さらに、将来NS-CMICリストへの追加指定、輸出管理上の精査強化、顧客審査や評判面でのリスクにつながる可能性もある。ただし、これらはSection 1260Hの掲載だけで自動的に発生する効果ではない。2