ただし、これらはあくまで計画上の予定です。打ち上げ機会、探査機の状態、航法、フォボス表面の状況などによって、日程や得られる成果が変わる可能性があります。
MMXは、観測を行う周回機、フォボス表面で活動する着陸機能、試料を地球へ運ぶ帰還機能を組み合わせた探査機です。火星圏に到着した後は、火星衛星の近くを飛行する「擬周回軌道(QSO)」などを利用し、単なる一度きりのフライバイではなく、長期間にわたって対象を調べます。
主な採取対象は、火星に近い大きな衛星フォボスです。MMXはフォボスへの着陸を複数回試み、表面の岩石や砂、ほこりにあたる「レゴリス」を採取します。異なる特徴を持つ試料を得る可能性を高めるため、コアリング方式の「C-Sampler」と、空気の力を利用する「P-Sampler」という2種類の採取機構を搭載します。
フォボスとダイモスを比較することは、2つの衛星の起源を見極めるうえで重要です。似ている点だけでなく、異なる点も、捕獲小惑星説と衝突破片説のどちらが妥当なのかを判断する手がかりになります。
遠隔観測だけでは、表面の鉱物や元素を詳しく調べることはできても、地球の研究施設で行う精密な分析には及びません。持ち帰ったレゴリスを調べれば、フォボスの鉱物・化学組成、水に関連する物質や有機化合物の存在、そして小惑星に似た物質なのか火星由来の物質なのかについて、より直接的な証拠が得られる可能性があります。
さらに、フォボスには過去の火星への衝突で飛び散った物質が混ざっている可能性があります。その場合、フォボスの試料は小さな衛星の研究にとどまらず、火星表面の歴史や火星圏の進化を間接的に記録する資料にもなり得ます。
フォボスとダイモスの起源について、科学者は大きく2つのシナリオを検討してきました。
MMXは、衛星の地形、内部構造、組成、重力などを調べ、フォボスとダイモスを比較します。NASAのMEGANEは、ガンマ線と中性子を測定して衛星の元素組成を調べる観測機器です。こうしたデータは、フォボスが小惑星に近い組成を持つのか、火星との衝突に由来する物質なのかを検討するための重要な材料になります。
CNESとDLRは、フォボス表面を走行する小型ローバー「IDEFIX」を開発しました。IDEFIXは探査機本体の本格的な着陸・採取運用に先立ってフォボスへ投入され、表面やレゴリスの性質を測定する計画です。
フォボスは重力が非常に小さく、地形や表面物質の状態を事前に把握することが着陸の安全性に関わります。IDEFIXの観測は、地表の特徴を理解するだけでなく、MMX本体の着陸・サンプル採取に伴うリスクを減らす役割も担います。ローバーの表面活動期間は約100日とされています。
NASAが提供する「MEGANE」は、正式名称を「Mars-moon Exploration with GAmma rays and NEutrons」といい、ガンマ線分光計と中性子分光計で構成されます。衛星表面の元素組成を調べ、フォボスとダイモスの起源をめぐる議論に観測データを提供します。
JAXAは、探査機の開発と運用をはじめ、航法、リモートセンシング、フォボスへの着陸、試料採取、地球帰還、回収後の試料保管・分析準備まで、ミッションの中核を担います。はやぶさ2で培ったサンプルリターンの技術を、より複雑な火星圏で応用する計画です。
フォボスは、将来の有人火星探査に向けた中継地点や活動拠点の候補としても議論されています。火星の近くを周回するフォボスを利用できれば、火星表面への着陸と、火星の大気圏を通過して再び宇宙へ出る工程を避けられる可能性があります。
MMXが有人基地を建設したり、宇宙ステーションを運用したりするわけではありません。役割はより基礎的・先行的なものです。フォボスの地形、表面の力学的性質、重力環境、危険要因、組成、接近や着陸のしやすさを調べ、将来の輸送計画やインフラ整備を検討するためのデータを提供します。
MMXは、火星の2つの衛星を比較観測し、フォボスで表面活動を行い、試料を地球へ持ち帰るという3つの挑戦を一つのミッションで実施します。2026年10月20日の打ち上げが予定どおり進めば、約1年後に火星圏へ到着し、2031年にはフォボスの物質が地球の研究施設で分析されることになります。
その試料は、フォボスとダイモスの起源だけでなく、火星の形成と進化、さらには将来の有人火星探査の可能性を考えるうえでも重要な手がかりになるかもしれません。
もっとも、MMXはまだ計画段階です。フォボスへの着陸、10グラム超の採取、試料カプセルのオーストラリア帰還はいずれも、今後達成を目指す目標であり、すでに確定した成果ではありません。