S301は軌道の大半でブラックホールから遠く離れているが、近日点付近だけは強い重力場を猛スピードで通過する。この「針のように細い」軌道により、相対論的な効果が短い区間に集中して現れる。最接近時の速度は秒速約2万5,000km、光速の8%を超え、天の川銀河で知られている恒星として最速となる。
研究チームは、欧州南天天文台(ESO)の超大型望遠鏡干渉計(VLTI)に搭載された近赤外線干渉計「GRAVITY」でS301を検出した。GRAVITY+への更新による感度向上も、銀河中心の混雑した視野から暗い天体を捉えるうえで重要だった。
研究者は2023〜2025年のGRAVITY観測でS301の天球上の位置を追跡し、暫定的な軌道を計算。その軌道を過去へさかのぼって、2021年と2017年の архив観測データからも同じ天体を見つけた。新しい観測から予測した位置に、過去のS301が実際に現れたことが、提案された軌道を裏付ける重要な確認となった。
一方、現時点では分光観測による直接的な視線速度は得られていない。そのため軌道解は主に、空の位置を精密に測った天文位置観測に基づいている。将来、建設中の超大型望遠鏡などで分光観測が進めば、S301の三次元的な運動をより正確に決められる見込みだ。
一般相対性理論によれば、回転するブラックホールは周囲の時空をわずかに引きずる。この現象は「レンズ・ティリング効果」または「フレームドラッギング」と呼ばれ、傾いた軌道では軌道面や軌道の節が少しずつ回転する、つまり歳差運動を起こす。
射手座Aに非常に近づくS301では、この自転による軌道の変化が、現在の高精度な赤外線干渉計と将来の分光観測で検出可能な範囲に入ると考えられている。変化を測定できれば、射手座Aの自転の大きさだけでなく、自転軸の向きにも制約を与えられる可能性がある。
これは、ブラックホールの質量が生むシュバルツシルト歳差運動をS2で測定した成果をさらに発展させるものだ。S301を使えば、アインシュタインの一般相対性理論が予測する回転ブラックホール、すなわちカー時空の記述を、銀河中心という強重力環境で検証できる。
S301は2031年ごろに次の近日点通過を迎えると予想されている。この時期に天球上の位置を測る天文位置観測と分光観測を集中的に行えば、相対論的な軌道変化を最も強く捉えられる。フレームドラッギングによる節の歳差運動を直接測定し、射手座A*の自転を決められる可能性もある。
ただし、ブラックホールの「四重極モーメント」まで測るのは、はるかに難しい。S301で予想される自転に由来する四重極効果は、フレームドラッギング効果の約4%にすぎず、この軌道では無視できるほど小さいと見積もられている。
四重極モーメントとは、ブラックホールの重力場が質量と自転だけで決まる完全なカー解に従っているかを調べる手がかりだ。ブラックホールは質量と自転、電荷以外の特徴を持たないとする「無毛定理」を検証するには、質量と自転から予測される四重極モーメントとの一致を確かめなければならない。
したがって、2031年のS301単独の通過だけで無毛定理を決着させられる、と現段階で断言する根拠はない。四重極効果の独立測定には、さらにブラックホールへ近づく複数の恒星の軌道や、別の観測手法が必要になる可能性が高い。
S301がまずもたらす現実的な目標は、射手座A*の自転を測ることだ。その小さな軌道のずれを追跡できれば、ブラックホールの回転が時空をどのように変形させるのかを、恒星を使って調べる新しい観測窓が開くことになる。