警備システムがどのように作動したかについては、報道が一致していない。当初は、犯人が警報装置などを回避したと伝えられた。一方、その後の報道では警報自体は作動し、防犯カメラも事件を記録していたものの、警備員が警報を止めたにもかかわらず、展示室を直ちに確認したり警察へ通報したりしなかった可能性が指摘されている。美術館のマリサ・メルクーリ館長は、警報とカメラは機能していたと説明している。
確認されている盗難品は次の4点だ。
犯人らは当初、祭壇画の現存する5枚すべてを持ち出した。しかし逃走中に2枚を美術館の外へ置き去りにし、その後、2枚は回収された。回収されたパネルの作品名については、公開報道で一貫した確認が取れていない。そのため、現時点で確実に言えるのは、多翼祭壇画の2枚が回収され、3枚と両面板絵の計4点が行方不明という区分だ。
今回の事件は、単に美術館の収蔵品が減ったというだけではない。歴史的な祭壇画が、現存する数少ないパネルの段階でさらに分断され、全体像を伝える重要な資料が一部失われたことになる。
盗まれた作品の価値は、最大8000万ユーロ(約9300万ドル)に上ると報じられている。ただし、唯一無二のルネサンス作品には通常の商品のような市場価格をそのまま当てはめることはできず、こうした金額は暫定的な推計にすぎない。
アントネロ・ダ・メッシーナはメッシーナ生まれで、15世紀イタリアを代表する画家の一人とされる。イタリア・ルネサンスの造形感覚に、ネーデルラント絵画に結びつく油彩の緻密な表現を組み合わせた点で、国際的にも重要な存在だ。
《サン・グレゴリオ多翼祭壇画》は、メッシーナにとって特別な意味を持つ。アントネロの作品で、現在も故郷に残っていた唯一の現存作だったからだ。その一部が盗まれたことで、メッシーナ市民にとっての郷土の遺産、そしてシチリアの芸術史を象徴する作品が公の場から姿を消した。
「内部犯行」は現段階では捜査上の仮説であり、確定した事実ではない。疑いの背景には、犯行があまりに速かったこと、作品の位置を把握していたように見えること、警備システムの作動状況をめぐる説明が食い違っていること、そして作動した警報が止められたとの報道がある。
事件当夜に勤務していた警備員4人は、警察から事情を聴かれた。捜査当局は、防犯カメラの映像、警報の記録、館内への出入りに関する手順と警備員の説明を照合している。警備員の対応や警備体制の不備が、犯人に短時間での犯行を許したのかどうかが調べられている。4人に対する懲戒手続きが予定されているとの報道もあるが、それは刑事責任を意味しない。
現時点で重要なのは、機器が技術的には作動していた可能性と、警報を受けた人間側の対応が適切だったかどうかは別問題だという点だ。捜査では、どの説明が証拠と合致するのかが焦点になる。
今回の作品は、画家、所蔵先、作品画像、来歴、そして盗難状況が広く知られている。正規の画商、オークション会社、合法的なコレクターを通じて売却しようとすれば、作品が発見されるリスクは極めて高い。
ただし、「売りにくい」ことが「安全」を意味するわけではない。盗品は隠匿されたり、違法なネットワークを通じて移動させられたり、身代金や脅迫の材料に使われたりする可能性がある。通常の市場での取引が難しい一方、犯罪市場での危険が消えるわけではない。
メッシーナの盗難の直前には、イタリア北部でも大きな美術品事件の進展があった。8月14日、イタリアの軍警察カラビニエリは、パルマ近郊のマニャーニ・ロッカ財団から盗まれていたルノワール、セザンヌ、マティスの作品を回収したと発表した。関連して5人が拘束されている。回収されたのは、ルノワールの《魚》、セザンヌの《さくらんぼのある静物》、マティスの《テラスのオダリスク》だ。
この2つの事件は、専門的な美術品窃盗であっても犯行自体は極めて短時間で行われうること、そして事件後の追跡でイタリアの文化財専門捜査部門が重要な役割を果たすことを示している。パルマの作品が回収されたことは慎重ながらも希望材料だが、アントネロの作品が見つかったことを意味するものではない。
また、アントネロの作品は2026年に入ってから注目度が高まっていた。2月、イタリア政府はサザビーズを通じて、《エッケ・ホモ》、または《苦悩する聖ヒエロニムス》とされる作品を約1490万ドルで取得した。一部の論評や地元関係者は、この購入によってアントネロ作品の価値に対する世間の関心が高まった可能性を指摘している。ただし、この取得がメッシーナの盗難を引き起こした、あるいは直接可能にしたという証拠はない。
捜査では、犯人がどの経路から侵入したのか、何人がどの役割を担ったのか、警報がどのように扱われたのか、そして内部事情を知る人物が手を貸したのかどうかが引き続き調べられている。