同社が示している狙いは、大きく2つある。
GPU開発は、チップ設計だけでなく、ソフトウェア基盤、製品開発、データセンターなどへの継続的な投資を必要とする。摩尔线程は、AI計算の高速化、3Dグラフィックス、動画処理、物理シミュレーション、科学計算などを対象にGPU製品と計算プラットフォームを展開している。
香港での追加上場は、こうした資金需要に対応しながら、海外の資本や人材を取り込む選択肢を増やす動きといえる。
2026年8月時点では、上海上場後の株価は420%超上昇していると報じられている。 なお、両方の数字は基準が異なる。425%はIPO価格に対する初日の上昇率で、420%超は上場後の別時点までの上昇率だ。そのため、同じパフォーマンス指標として単純に比較することはできない。
この派手なデビューは、中国の国内AI半導体企業に対する投資家の期待を可視化した。摩尔线程のIPO後には、MetaXなど他の中国半導体企業の募集にも注目が集まり、国内GPUや半導体企業の資金調達をめぐる市場の関心が高まった。
もっとも、摩尔线程が一連のAI関連IPOブームを直接引き起こしたと断定することはできない。より慎重に言えば、同社の大幅な申し込み超過と初日の急騰が、「中国の計算基盤や半導体の国産化に投資したい」という市場の物語を強く印象づけたと考えられる。
摩尔线程の2026年上期売上高は17億4,000万元で、前年同期比147.42%増となった。純損失は前年同期の2億7,090万元から1,160万元へ95.73%縮小し、研究開発費は7億6,910万元に達した。
売上高の急成長と損失の大幅縮小は確認できるが、安定的な黒字化を達成したことを意味するわけではない。香港上場を評価する際には、次の点が焦点になる。
特にGPU企業では、チップの性能だけでなく、開発者が使えるソフトウェア、導入ツール、既存システムとの互換性が重要になる。
摩尔线程は、元Nvidia中国法人幹部の張建中氏が2020年に北京で設立した。 当初はゲームや映像レンダリング向けのグラフィックス製品を中心に事業を展開していたが、その後、AI計算や大規模モデルの開発に使われるアクセラレーターへと重点を移した。
現在の製品・プラットフォームは、ゲーム用グラフィックスカードに加え、大規模モデルの学習、AI計算、3Dレンダリング、動画のエンコード・デコード、物理シミュレーション、科学計算などを対象としている。
この事業転換は、単体チップではなく、GPUを中心としたプラットフォーム全体を構築する必要性を反映している。AI企業や企業ユーザーにとっては、演算性能だけでなく、ソフトウェア開発環境や実運用を支えるシステムも導入判断の重要な要素となる。
摩尔线程の上場計画は、AI関連銘柄への関心を背景とする香港の株式資本市場の活況とも重なる。報道によると、香港で2026年に実施された新規株式売出しは約420億ドルに達した。また、IPO、第三者割当増資、ブロックトレードを合わせた調達額は2026年上期だけで約440億ドルとなり、過去5年で最高水準に達したという。
この市場規模を示す例が、中国の光通信部品メーカー、中際旭創(Zhongji Innolight)の香港上場だ。同社はH株5,450万株を1株980香港ドルで売り出し、534億1,000万香港ドル(約68億1,000万ドル)を調達した。アジアでも最大級の上場案件となった。
ただし、両社の事業は同じではない。中際旭創はデータセンター向けの光通信部品を製造し、摩尔线程はGPUとAI計算製品を開発している。共通するのは、AI需要の拡大から恩恵を受ける可能性があるインフラ企業として投資家の関心を集めている点だ。
一方で、AI関連銘柄への需要が強いからといって、上場後の株価上昇が保証されるわけではない。中際旭創の香港株は取引初日に公募価格を下回って引けた。 摩尔线程の香港上場が実現した場合も、テーマ性だけでなく、価格設定や業績、開示内容が問われることになる。
摩尔线程の計画を見極めるうえで、次に重要になるのは以下の4点だ。
現段階の香港上場計画は、価格が決まった取引ではない。上海での株価急騰と2026年上期の業績改善によって、同社には有利な市場ストーリーが形成されている。しかし、実際の香港上場時の評価額は、事業の実行力、開示内容、そしてその時点での投資家需要によって決まることになる。