上腕に巻くカフ式血圧計は、血圧測定の基準として広く使われている。しかし、カフの加圧は睡眠を妨げることがあり、測定中は基本的に安静にしていなければならない。一方、手首型のウェアラブル機器は装着を続けやすいものの、充電が必要で、カフを使わない血圧推定の精度については、標準的な測定法との比較検証が欠かせない。
NUSの試作機は、日常の動きに対応しながら、センサーごとに電池を載せない設計でこの両方の課題に取り組む。ただし、装着しやすいことと、臨床で使える精度が確認されていることは別の問題だ。
このシステムは、腕を締め付けて圧力を直接測るのではない。心臓の活動と脈波の到達タイミングという、関連する2種類の生体信号を組み合わせる。
そのため、この装置は「カフなし血圧推定システム」と呼ぶのが正確だ。結果はセンサー信号、時間差、校正に左右されるため、さまざまな人や環境で標準的な血圧測定値と比較する必要がある。
通信には、役割の異なる2つの無線経路を使う。
導電性テキスタイルは、近距離無線による給電とBluetoothによるデータ通信を分離するよう設計されている。つまりスマートフォンがハブとなり、皮膚上のセンサーへ電力を届けながら、測定データも受け取る。センサー自体に電池を搭載する必要がない点が特徴だ。
プロジェクトは、報道によると、NUSのWireless Bioelectronics Groupで2021年に始まり、米アリゾナ大学と清華大学の研究者も協力した。成果は、連続的な収縮期血圧モニタリングを目指す電池不要の無線皮膚センサーネットワークとして、学術誌『Nature Electronics』で報告された。
開発には個人的な動機もあった。研究者のセルマン・カート氏の父親は、医療機関にいると血圧が高くなる「白衣高血圧」を経験していた。また、24時間カフを装着する検査では、睡眠中にカフが膨らむため不快感があったという。この経験が、昼夜を通じて血圧を観察しながら、日常生活への干渉を抑える方法の必要性を浮き彫りにした。
今後の課題は、医療面だけでなく、使い勝手や耐久性にも及ぶ。
想定されているシステムには、血圧の推定値をスマートフォン上でリアルタイムに表示するアプリが含まれる。センサー信号を、利用者が理解しやすく信頼できる情報へ変換することが、研究室の実証から日常利用へ進むための重要な条件になる。
5人を対象とした試験は、システムが動作することを示すには意味がある。しかし、幅広い集団での性能や、診断に使えることまで証明するには規模が小さすぎる。今後は、より多くの参加者を対象に、さまざまな活動や健康状態で、標準的な血圧測定法との一致度を確認しなければならない。商用の医療用途に進むには、規制当局による検証も必要になる。
NUSの取り組みの核心は、皮膚に貼り付けるセンサー、衣服を介した電池不要の給電、スマートフォンによるデータ収集を一体化したシステム設計にある。睡眠、起床、運動、通勤など、断続的なカフ測定では状況を十分に把握しにくい時間帯の血圧パターンを観察しやすくなる可能性がある。
一方、現段階では、検証済みの上腕式血圧計に代わる製品ではない。実用化には、大規模な試験で精度を確認すること、導電性繊維の耐久性を高めること、そしてスマートフォン上で安定したリアルタイム表示を実現することが求められる。