主要加盟国ではフランスの影響が最も大きく、成長率が1.4ポイント押し下げられ、経済成長率がマイナス0.6%に落ち込む可能性が示された 。
ただし、トリオドスの数字はEU機関がまとめた公式の損害総額ではない。あくまで、熱波と干ばつが労働、農業、エネルギーなどに及ぼす影響を積み上げたシナリオ分析だ 。英国でも、環境系シンクタンクのVerdantは、5月以降の熱波による経済損失を少なくとも44億ポンドと推計している 。
EUの地球観測プログラム「コペルニクス」によると、ライン川、ドナウ川、ロワール川、ポー川という欧州の主要河川4本が、2026年8月に記録的、または記録に近い低水位となった 。
ドイツのライン川では、重要な水運拠点であるカウブ付近の水位が25センチ未満まで低下し、約150年ぶりの低さとなった。貨物船は通常の5分の1程度しか積載できず、石炭、鉱石、工業原料などの輸送に大きな制約が生じた 。
ドナウ川ではさらに厳しい状況が広がった。ハンガリーのパクシュ観測点では、7月31日の水位がマイナス123センチとなり、2018年に記録したマイナス98センチを下回った 。船舶は満載で航行できず、スロバキアやハンガリーからルーマニア、ブルガリアへ向かう物流にも待機時間が発生した 。
今回の干ばつは、欧州の電力システムが抱える弱点も浮き彫りにした。原子力発電所や火力発電所の多くは、河川水を冷却に利用している。水位が下がり、しかも水温が上がると、安全な運転を維持するために出力を落とさざるを得ない。
8月2日時点で、出力2000メガワットのパクシュ原発は容量の10%強で運転され、8基あるタービンのうち稼働していたのは1基だけだった 。その後、ドナウ川の水位が一時的に上昇したことで、8月中旬には出力が25%まで回復したが、発電所の運転制約は残った
。
ルーマニアでは、国営電力会社ヌクレアレクトリカが8月上旬、ドナウ川の記録的な低水位を理由に、稼働していた最後の原子炉を送電網から切り離した。これは同国で初めての措置だった 。原発が電力の約3分の2を占めるフランスでも、河川から十分な冷却水を確保できず、一部の原子炉で出力が抑制された
。
冷却上の問題により、欧州では合計で半ダースを超える原子炉が停止、または発電量を削減したと報じられている 。
高温、水利用の制限、土壌の乾燥、森林火災による被害が、欧州各地の作物収量と家畜生産性を押し下げた。EUの共同研究センター(JRC)は、7月から8月にかけて干ばつが悪化し、主要河川の水位低下や異例の規模の森林火災を招いたと報告している 。
エネルギー・気候情報ユニット(ECIU)は、6月の熱波だけで欧州の穀物収穫額が約20億ユーロ減少する可能性があると推計した。損失の約4分の3をフランスとハンガリーが占める見通しで、欧州全体では約900万トンの穀物が失われる可能性がある 。
土壌は記録的な乾燥状態となり、多くの国で緊急の節水措置が導入された。英国南部の大部分では、庭への散水などを制限するホース使用禁止令も実施された 。農家にとっては収穫減だけでなく、灌漑、飼料、保険のコスト上昇も重荷となる。
人的被害も深刻だ。欧州疾病予防管理センター(ECDC)や世界保健機関(WHO)が支援する死亡動向監視ネットワーク「EuroMOMO」によると、6月後半の熱波では欧州で1万人を超える超過死亡が記録された。そのうち9000人以上が65歳以上だった 。
フランスだけでも、この期間に少なくとも5764人の超過死亡が確認された 。ただし、夏全体の死者数については、各国の報告時期や熱波との因果関係を判定する方法が異なるため、数字は今後も修正される可能性がある。
ドイツでは7月までに1万1900人、フランスでは5700人超、スペインでは6月30日時点で3001人の熱関連死が報告された 。一方、Wikipediaの集計は欧州全体で約3万891人としているが、これはクラウドソースによる集計であり、公式の確定値とは扱えない 。WHOは、熱波が相次ぐなか、さらに危険な数週間が続く可能性を警告した 。
スイスの銀行ロンバール・オディエでマクロ経済調査を率いるフロリアン・イェルポ氏は、AFPに対し、企業決算が非常に強く、インフレ面で最大の懸念がイラン情勢に向けられているため、「地球温暖化は二次的な問題になっている」と語った 。
株価指数が反映するのは、将来の企業利益、金利、業種構成、世界的な資金の流れなどだ。インフラ、食料供給、労働生産性、保険損失といった慢性的な物理的気候リスクを、経済全体の損失として包括的に織り込む指標ではない 。
つまり投資家は、目先の利益やエネルギー・地政学の材料を重視する一方、毎年繰り返される気候被害を過小評価している可能性がある。ただし、市場が完全に無関心というわけではない。欧州に特化した天候先物の取引量は、2026年に前年比で約30%増加した 。
2026年夏の欧州が示したのは、干ばつがもはや農業だけの問題ではないという現実だ。水不足は、河川輸送を細らせ、工場への原料供給を止め、発電所の冷却を制限し、電力価格や公衆衛生、経済成長にまで影響を及ぼす 。
パクシュ原発の出力低下、ライン川に依存するサプライチェーンの脆弱性、暑さによる労働生産性の低下は、気候変動が将来の課題ではなく、すでに欧州経済の運転条件を変えていることを示している。