離反や投降は、戦況の変化なしに起きたわけではありません。2026年7月下旬から8月上旬にかけて、スーダン政府軍は重要な戦場での勝利を重ねました。首都ハルツームとコルドファン地域の州都エル=オベイド(El-Obeid)を結ぶ重要幹線道路の支配権を奪還し、ダルフール(Darfur)地域でのRSFの複数の攻撃を撃退したのです。これに対し、RSFの指導者モハメド・ハムダン・ダグロ(Mohamed Hamdan Daglo、通称「ヘメッティ」)はビデオメッセージを発表。部隊に対して「手綱を解き放った」「無制限に戦え」と述べ、主要道路を失った後の焦りを示すものと広く解釈されました
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戦争による甚大な人的被害は今なお拡大し続けています。2026年8月中旬の時点で、UNHCR(国連難民高等弁務官事務所)や複数の人道支援機関の発表によると、1400万人以上が住まいを追われています。このうち約1130万人が国内避難民であり、さらに数百万人が隣国のチャド、エジプト、南スーダンなどへ難民として逃れています
。国連はこの状況を「世界最悪の人道的危機」と表現しています
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死者数については、武装紛争の発生・位置データプロジェクト(ACLED)が最も系統だった集計を行っており、2026年6月時点で民間人と戦闘員を合わせた死者数を5万2904人と記録しています。英国外務省(UK Home Office)は2026年7月の政策文書で、この数字を最も信頼できる系統的記録として引用する一方、極度の過小報告のため他機関の推定値は2万人から15万人の間で大きくばらついていると指摘しています
。一部の国連筋は約5万9000人の民間人死亡を報告しています
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(注:RSF=Rapid Support Forces、即応支援部隊。SAF=Sudanese Armed Forces、スーダン政府軍。)