プーチン氏は2026年1月から5月まで、モスクワを公式に離れたいわゆる「地方訪問」を実質的に停止していた。その間の外出は、公務としても私邸への移動のみの2回にとどまっていた。前回の地方訪問は2025年11月のサマーラ訪問だった。
唯一の例外となったカザン(タタールスタン共和国の首都、ヴォルガ連邦管区)訪問は、2026年6月17日から2日間の日程で行われたロシア・ASEAN首脳会議に出席するためのものだった。メドゥーザ(Meduza)は、これがプーチン氏にとって7か月ぶりのモスクワ・サンクトペテルブルク以外への旅行だったと報じている。カザン訪問中は、市内に厳重な警備体制が敷かれた。
この異例の旅行制限の引き金とみられるのが、訪問再開の数か月前に起きた事件だ。2025年12月29日、ロシア外務省は「ウクライナがプーチン氏の別荘があるノヴゴロド州ヴァルダイを標的に、91機の無人機による夜間大規模攻撃を仕掛けた」と非難した。ロシア国防省は後日、撃墜した無人機の映像を証拠として公開した。
しかし、この事件は強い論争を呼んでいる。
複数のメディアが2026年8月7日付の報道で、プーチン氏のこの旅行パターンの変化は「無人機攻撃のため」であり、「ウクライナ無人機の射程外の目的地を選んでいる」と明言している。2025年12月のヴァルダイ事件から数か月後に旅行を再開したタイミング、そして無人機による被害が懸念される地域を厳格に避けているその行動は、プーチン氏自身の身の安全に対する強い懸念が背景にある可能性を強く示唆している。もっとも、プーチン氏やクレムリンがこの見解を公に認めたことはない。
補足情報として、プーチン氏が例外として訪れているモスクワ、サンクトペテルブルク、そしてヴァルダイ自体も、プーチン氏が要塞化された私邸を持っている場所であることが指摘されている。
プーチン氏のこうした移動制限は、たとえ純粋な安全保障上の理由であれ、政治的メッセージであれ、ロシア大統領としての運用上の重要な制約を意味する。この変化は、ウクライナによるロシア奥深くへの無人機攻撃が、クレムリンの最高レベルでの意思決定プロセスに影響を与えつつあることを如実に示している。