しかし今回の研究は、この根幹を覆すものです。研究チームは、生命がエネルギーを産み出し、体を作るために不可欠な「代謝」の根幹を成す420種類の酵素反応を詳細に解析。その結果、細菌と古細菌が持つ代謝酵素は、その構造レベルでまったく異なっており、両者に共通の祖先がいたとは考えにくいことが判明しました。
「驚いたのは、細菌と古細菌の進化的な分かれ目を越えて、これらの反応を触媒する酵素が保存されていなかったことです」とマーティン教授は語ります。細菌と古細菌の祖先は、同じ代謝反応を実行するために、互いに独立して(収斂進化的に)まったく別の酵素を進化させたのです。つまり、無生物から生命への「閾(しきい)値」は、少なくとも2回、独立して越えられた可能性があるのです。
マーティン教授はこれを「遺伝暗号の起源は1つだが、生命の起源は2つ」と表現しています。
では、細菌と古細菌に共通する「最終共通祖先(LUCA)」とは、一体何だったのでしょうか?
研究チームは、LUCAを「自由生活細胞」ではなく、深海の熱水噴出孔に存在した、金属イオンに依存した前細胞的な存在として再定義しました。
研究チームは、代謝の進化段階を4つに分けて再構築しました。
このことから、LUCAは生命の「共通祖先」というよりは、生命誕生のプロセスにおける「共通の出発点」としての性質を持っていたと考えられます。
現代のあらゆる生物は、エネルギー通貨として「ATP(アデノシン三リン酸)」を使っています。しかしATPは非常に複雑な分子であり、その合成には多数の酵素が必要です。「卵が先か、ニワトリが先か」のような問題ですが、この研究はその謎を解く鍵を提供しています。
研究チームは、熱水噴出孔で自然に生成されるホスファイト(亜リン酸:HPO₃²⁻) に注目。この物質は、同じく熱水噴出孔に沈殿する天然のパラジウム(金属触媒) と反応し、水の中で一晩で有機化合物をリン酸化(エネルギーを付加)できることを実験で示しました。
これは、まさにATPと酵素の代わりとなる、「原始的エネルギー反応」です。共著者のマノン・シュリッカー氏(Manon Schlikker)は、「ホスファイトとパラジウムがATPと酵素の役割を果たす。これは驚くべきことで、初期の進化を理解するのがずっと容易になる」とコメントしています。
従来の生命の系統樹は、LUCAという1本の幹からすべての枝(細菌、古細菌、真核生物)が分かれる形でした。しかし今回の研究は、2本の別々の幹(細菌と古細菌)が、無生物の状態からほぼ同時期に生えてきたという、まったく異なるトポロジー(形状)を示唆しています。
| 項目 | 従来の説 | 今回の研究が示す新説 |
|---|---|---|
| 生命の起源 | 1回(単一の自由生活細胞から全てが派生) | 2回(細菌と古細菌が独立に生命へ移行) |
| LUCAの性質 | 自由生活細胞 | 金属に依存した非自由生活の前細胞的存在 |
| 初期のエネルギー | ATP(酵素が必要) | ホスファイトとパラジウムによる無機的な反応 |
| 系統樹の形状 | 1本の幹から分岐 | 2本の独立した幹 |
要約すると、この研究は、生命の起源は単一の劇的なイベントではなく、深海の熱水噴出孔を舞台にした段階的なプロセスであり、そこから細菌と古細菌という2つの主要な生命系統がそれぞれ独立に誕生したという、壮大なシナリオを描き出しているのです。
論文: “Intermediate stages in the origin of metabolism at a phosphorylating hydrothermal vent”, Science Advances, 2026年8月5日. (arXiv: 2510.08410v1)
“Bacteria and archaea may have evolved independently from non-living things into living organisms.”, GIGAZINE, 2026年8月6日. (元記事)
“Two origins of life: Free-living cells may have emerged ...”, Phys.org, 2026年8月5日.
“A New Study Points to Two Origins of Life on Earth by Tracing Early Chemical Reactions in Single-Celled Organisms”, Smithsonian Magazine, 2026年8月5日.
“Only One Conclusion: Radical Study Suggests Life on Earth Arose Twice”, ScienceAlert, 2026年8月5日.
“Life may have emerged on Earth in one of these two possible ways, scientists say”, The Independent, 2026年8月6日.
“Metal-driven chemical reaction in deep sea may explain origin of life”, Science.org, 2026年6月12日.