以下では、本件の全貌を、資金調達の仕組み、同社の経営に重くのしかかる負債、避けられないとみられる大規模な人員削減、サウジアラビアの影響力がゲームコンテンツ、特に『The Sims』のLGBTQ+表現に及ぼす懸念、CEOの役割とAI戦略、そして非公開化がもたらす情報透明性の喪失について詳述する。
コンソーシアムは1株あたり210ドルの現金を支払い、EAの企業価値を550億ドル(約8.2兆円)と評価した。買収団は約360億ドルの自己資本を拠出し、残りの約200億ドルはJPモルガンがアレンジした借入金で賄われた。EAの貸借対照表に計上される負債額については、一部の情報源で180億ドル、他では200億ドルと報告にばらつきがある。この負債に対する年間利払い費は、約18億ドル(約2700億円)と試算されている。
この取引の資金調達の一環として、JPモルガンを中心とする銀行団は2026年3月、機関投資家向けに総額57.5億ドルの7年物タームローンBのマーケティングを開始した。内訳は米ドル建ての40億ドルと、ユーロ建ての約15.3億ユーロ(約17.5億ドル相当)である。また、この買収は、史上最大の全額現金によるスポンサー主導の非公開化(take-private)投資としても記録された。
この買収がもたらす最も即時的な影響の一つが、大規模なコスト削減である。EAは新たな債務投資家に対し、年間7億ドルの運営費削減計画を伝達しており、そのうち1億7000万ドルは「組織効率化」 に分類されている。これは一般的に人員削減を示唆する用語である。ブルームバーグのジャーナリスト、ジェイソン・シュライアー氏は、これらのコスト目標が直接的に大規模な人員削減を指し示していると報じており、複数のメディアも同様の見解を示している。
これらの削減は単なる仮定の話ではない。買収完了前の2026年だけでも、EAは少なくとも3回のレイオフを実施している。対象となったのは、トラスト&セーフティーチーム、ファンケアのカスタマーサポート、IT部門、採用部門などで、米国のリモート職とインド・ハイデラバードオフィスに及んだ。カナダのEAスタジオも危険にさらされており、労働組合が連邦規制当局に申し立てを行っている。EAは以前、2024年初頭にも大規模な組織再編の一環として従業員の約5%を解雇しており、新たな経営陣の手法を示す明確な前例がある。
買収によって数百億ドルの負債が会社にのしかかったため、EAは債務返済と利益率の改善を優先せざるを得ず、恒常的に人員削減と、大規模で長期にわたる開発プロジェクトの中止・縮小を迫る構造的な圧力が生じている。
今回の取引で最も大きな世論の反発を招いたのが、サウジアラビアの影響力がゲームコンテンツに及ぶのではないかという懸念である。サウジアラビアでは同性間の関係が違法とされ、死刑や鞭打ち刑が科される可能性もあることから、取引発表直後からファンの間で警鐘が鳴らされた。懸念の中心は、20年以上にわたりLGBTQ+コミュニティのセーフプレイスとして称賛されてきた『The Sims』シリーズである。
同シリーズの包括的な歴史は、E3 1999に遡る。当時、ゲーム内で初めて同性同士の結婚式シーンが公開され、以降、プレイヤーは性自認、性的指向、関係性の形態を自由にカスタマイズできるようになった。初代『The Sims』のアートディレクターを務めたチャールズ・ロンドン氏は、同性関係の表現がフランチャイズにとって「すべて」であり、多様性は「ビジネスにとって存続に関わる問題」だと強調している。
こうした反発を受け、The Simsの開発チームはX(旧Twitter)上で「『The Sims』はこれからも、皆さんが本当の自分を表現するためのプラットフォームであり続けます」と投稿し、「私たちのミッション、価値観、そして献身に変わりはありません」と約束した。しかし、これらの保証にもかかわらず、3人の有力なコンテンツクリエイターが抗議の意思を示し、EAのクリエイターネットワークを離脱した。買収完了時点で、『The Sims』を含むいずれのEAフランチャイズについても、公に発表されたコンテンツポリシーの変更はない。しかし、長期的なリスクは未解決のままであり、非公開化による透明性の欠如は、将来の変化を外部から監視することを一層困難にしている。
CEOのアンドリュー・ウィルソン氏は引き続き経営トップに留まり、今回の取引を「我々の仕事に対する力強い評価」であり、「我々のビジョンを共有するパートナーとの、強みを活かした立場」と位置付けている。その報酬は批判の対象となっている。2026会計年度の総報酬は3860万ドル(約58億円)で、前年の3050万ドルから増加した。基本給はわずか130万ドルだが、株式報酬2800万ドルと、生成AI(GenAI)の導入やフランチャイズの業績などの戦略目標に連動したボーナス650万ドルが大部分を占める。
クロージング当日、ウィルソン氏はEA上級幹部の中から、カム・ウェーバー氏を社長兼チーフ・スタジオ・オフィサー、デビッド・ティンソン氏を社長兼最高執行責任者(COO) に任命した。ウィルソン氏は生成AIに熱心で、かつて「我々のビジネスのまさに中核」と表現したこともある。AIによるコスト効率化は、約束された年間7億ドルの削減目標を達成するための主要な手段になると広く予想されているが、EAは公共向けには「AIは人材をエンパワーするツール」として「思慮深く着実なアプローチを維持する」と主張している。
EAは2026年8月4日付でナスダックへの上場を廃止し、公開企業ではなくなった。これは、今後SEC(米国証券取引委員会)に四半期報告書(10-Q)や年次報告書(10-K)、委任状説明書を提出する義務がなくなることを意味する。これにより、公開情報として入手可能だった、従業員数、スタジオの業績、収益の内訳、役員報酬といった情報へのアクセスが失われることになる。例えば、今回の年7億ドルのコスト削減目標は、一般株主ではなく債務投資家に対してのみ開示されたものであり、今後もこのような非対称な情報開示が続くことが予想される。
取引完了前には、著名な規制当局の監視もあった。米国のリチャード・ブルーメンソール上院議員とエリザベス・ウォーレン上院議員はウィルソン氏とFTC(連邦取引委員会)に書簡を送り、国家安全保障上の影響と、サウジの支配下での編集の独立性の脅威について「深刻な懸念」を表明していた。一方、欧州委員会は2026年7月23日、競争上の懸念はないとして本件を承認した。株主は2025年12月に取引を承認し、EAは2026年8月4日付で正式に合併完了を発表した。