大統領がクラスノヤルスクを訪問した翌日、8月4日になると、状況は一変する。KNPの価格は即座に元の水準に戻された。ハイオクは再び91ルーブルに跳ね上がった。地元当局はこの価格変動を「プロモーションイベント」または「物流の一時的な改善によるもの」と説明した。しかし、そのタイミングがあまりに出来過ぎていることから、これは市場の自然な動きではなく、大統領の目に映る光景を「演出」するための政治的な舞台装置だったと疑われている。
この手口は、初めて使われたわけではない。プーチン大統領がその9日前の7月24日に訪れたイルクーツクでも、まったく同じ脚本が実行された。現地のガソリンスタンドチェーン「クライスネフチ(BRK)」が、大統領の到着に合わせてガソリン価格を1リットルあたり12~13ルーブル引き下げ、購入制限も一時的に解除したのである。大統領が去ると同時に価格は逆戻りした。
これら一連の行動は、「ポチョムキン・ガソリン価格」とも呼ぶべき戦術として定着しつつある。カメラの前だけ「安くて潤沢な燃料」を演出し、カメラが去れば即座に元の危機的状況に戻す――それは、18世紀にエカチェリーナ2世のために作られたとされる「ポチョムキンの村」を彷彿とさせる。
クラスノヤルスクやイルクーツクで見られた一時的な「劇場」は、より深い問題の隠れ蓑に過ぎない。世界有数の産油国でありながら、ロシアは自国のガソリンスタンドに十分な燃料を供給できなくなっているのだ。
① ウクライナ軍ドローンによる製油所攻撃
2025年半ば以降、ウクライナ軍による製油所へのドローン攻撃がロシアの燃料精製能力を削いでいる。2025年8月までに、ロシアの稼働停止中の製油能力は過去最高を記録した。さらに2026年7月6日には、これまで無傷で残っていた最後の大規模製油所であるオムスク製油所も攻撃を受けた。攻撃がピークに達した2025年8月から10月にかけては、ドローン攻撃と定期修理の影響を合わせると、ロシアの製油能力は20%も低下した。
② ガソリン生産の急減
2026年6月時点で、ロシアの精製量は前年同月比で約25%減少し、日量391万バレルと20年以上ぶりの低水準となった。ガソリン生産は季節需要の約65%にまで落ち込み、不足分は1日あたり4万~4万5000トンに上る。政府はガソリン、ジェット燃料、ディーゼルの輸出を禁止した。
③ ロシア全土に広がる購入制限
2026年半ばまでに、燃料の購入制限はロシアの83地方のうち56地域に拡大。うち18地域では政府が購入制限を義務化した。主要都市であるモスクワやサンクトペテルブルクでも状況は深刻だ。タトネフチのスタンドでは1台あたり20リットル、ガスプロムネフチのスタンドでは30~50リットルまでという厳しい上限が設けられている。ある州知事に至っては、ナンバープレートの数字に応じて給油日を割り振る「日替わり給油制」を提案するなど、非常時対策が検討されている。
クラスノヤルスクのガソリン価格劇場は、単なる一地方の珍事ではない。それは、世界有数の産油大国が自国内のガソリンスタンドさえ満足に満たせなくなったという、ロシアの根深い危機の可視的な症状である。クレムリンが本質的な精製能力の回復に取り組む代わりに、指導者の訪問だけのための一時的で芝居がかった値下げに頼らざるを得なくなった現実が、そこにはある。