ピルロはマルディーニとレオナルドが推す最有力候補であり、実質的に就任が決まったかに見えた 。著名な移籍ジャーナリスト、ファブリツィオ・ロマーノも、ピルロがFIGCから口頭でのオファーを受け入れていたと報じている
。
しかし、2025年10月、ドバイのFCユナイテッドを指揮していたピルロは、ロシア最大手のスポーツブックメーカー「フォンベット」のグローバルブランドアンバサダーに就任していた 。このタイミングと契約の性質が、最大の障害となった。
ピルロの監督就任が報道されるや、FIGC関係者やイタリア国会議員から強い反対意見が噴出した。ウクライナ戦争が続く中、ロシアの betting 企業と契約した人物を代表監督にするのは倫理的にも政治的にも問題があるという判断だ 。フォンベットはモスクワのウクライナ戦争退役軍人参加のスポーツイベントを複数スポンサーしており、この点も議論をさらに過熱させた
。イタリアの政治家たちは、ロシアとの商業的な結びつきの機微を考慮し、FIGCの選択を公然と批判した
。
ピルロは7月26日、自身が「もはや候補者ではない」と知らされたと認めた 。彼は自身のインスタグラムで「昨夜、イタリア代表監督の候補者ではなくなったことを知った。私は常に真剣かつプロフェッショナルに仕事をしてきた」と投稿。契約はあくまで商業的なものであり、すべて合法的であると主張したが、政治的な抵抗を覆すことはできなかった
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この一件は、ヨーロッパサッカー界におけるスポンサーシップの影響力、特に制裁対象または議論を呼ぶ団体との関係が、どれほど重大な結果を招くかを如実に示している。FIGCの決定は、マルディーニとレオナルドの連盟内での脆い協力関係を即座に崩壊させた。
マルディーニとレオナルドが去り、ピルロも消え、さらにペップ・グアルディオラもすでにオファーを断っていた 。FIGCには迅速な解決策が不可欠だった。4月には、W杯予選でボスニア・ヘルツェゴビナに敗れた後にジェンナーロ・ガットゥーゾが監督を辞任しており、連盟はすでに混乱状態にあった
。
2026年7月28日、FIGC連邦理事会にてジョヴァンニ・マラゴ会長は「ロベルト・マンチーニを代表監督に選んだ」と宣言した 。マンチーニはユーロ2020でイタリアを優勝に導いた立役者。ピルロとマルディーニのプロジェクトが頓挫した後、アズーリ再建を託す形で2度目の指揮が決まった
。マラゴ会長は記者会見で「時間がなかった。様々な理由から、イタリア代表監督にふさわしいのはロベルト・マンチーニだと考えた。その責任は私が取る」と語った
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同時に、名将クラウディオ・ラニエリが新技術部長に就任することが決まった。マルディーニの後任となる 。ラニエリは2016年にレスター・シティを歴史的なプレミアリーグ優勝に導いた名監督。マンチーニと共に代表チームの技術的方向性を統括する。マラゴ会長は「そのビジョンを共有するのはクラウディオ・ラニエリだ。数分前、彼はこの役割を引き受けると保証してくれた」と語った
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マルディーニとレオナルドのプロジェクト瓦解は、立て直しを図っていたイタリアサッカー界にとって大きな後退だ。4度のW杯優勝を誇る大国が2018年、2022年、そして2026年と3大会連続で本大会出場を逃すという、前例のない失敗の期間に突入している 。ピルロを阻止した決定は政治的に賢明だったとはいえ、サッカー界で最も尊敬される二人の人物を遠ざけ、連盟をさらに不安定にした。
マンチーニの復帰は、最近の成功に再び結びつく選択であり、ある種の継続性をもたらす。才能ある選手は揃いながら予選で結果を出せなかったチームを、ラニエリという経験豊富な名将とのコンビで再建できるか。しかし、中核となる課題は変わらない。長期的な不振を経て、最高峰の舞台で戦えるチームを作り上げることだ。
この騒動は、地政学、商業倫理、レピュテーションリスクといったサッカー外の要素が、今や主要な監督人事を直接的に形作るという現実を如実に示している。FIGCにとって最優先事項は、この危機を早期に収拾し、マンチーニとラニエリがさらなる混乱なく仕事に専念できる環境を整えることだろう。