業界全体の景況感も同様に厳しい。コインベース(Coinbase)は2026年5月に全従業員の約14%(約700人)を削減したと発表し、市場変動の中でのコスト削減の必要性を理由に挙げている。Crypto.comは2026年3月に従業員の12%を削減。CEOのクリス・マルザレク氏はその理由をAI主導のリストラクチャリングにあると説明した
。合計すると、2026年上半期だけで11の暗号資産・フィンテック企業が合計1万5459人の雇用を削減している
。
Upholdの人員削減が単なるコスト削減策と一線を画すのは、それによって資金が振り向けられる明確な戦略的方向性にある。同社は現在、自らを「オンチェーンファイナンスのためのインフラプロバイダー」と明確に定義し、暗号資産取引アプリという従来の姿から脱却しようとしている。これは単なるブランド変更ではない。同社は法人向けAPI、ウィジェット、UXに焦点を当てたプロダクトマネージャーの採用を積極的に行い、B2B提供体制の構築を進めている
。
このピボットは、いくつかの具体的な柱に支えられている。
銀行・フィンテック向け法人APIインフラ。 Upholdの法人部門は、銀行、フィンテック、証券会社と連携し、単一のAPIを通じてデジタル資産機能へのアクセスを提供している。同社のウェブサイトでは現在、取引、ステーブルコイン、カストディ、オン/オフランプのための法人向けAPIが前面に押し出されている
。
機関投資家向けオンチェーン資産移動。 Upholdは、機関投資家向け金融向けに設計されたプライバシー対応ブロックチェーンであるCanton Networkと統合した。また、人員削減のわずか数週間前の2026年7月には、XDC NetworkおよびKilnと提携し、オンチェーンでのXDCステーキングを開始。米国の主要デジタル資産取引所として初めての提供となった
。さらに、トークン化証券の提供を目的にFINRA(米国金融業規制機構)に申請を行い、非公開企業のトークン化株式のインフラサービスを目的としてtZEROとも提携している
。
規制対応型のトークン化米ドル預金。 最も野心的な動きの一つとして、UpholdはVast BankおよびUSBC Inc. と提携し、2026年から世界中のリテール顧客向けにトークン化された米ドル預金の提供を開始すると発表した。これらの預金は、FDIC(米国連邦預金保険公社)の保険適用範囲とReg E(電子資金移動法)の保護対象となるよう設計されており、保険の裏付けのないステーブルコインとは一線を画している
。この提携により、Upholdは全世界の1000万人以上のユーザーに対し、規制されたデジタルドルへの流通チャネルを提供することになる
。
プラットフォームの拡充:縮小ではなく拡大。 人員削減の発表からわずか数日前(2026年7月21日)、Upholdは4,000以上の米国株およびETFへのシングルステップでの暗号資産→株式取引を開始した。これは、リテール・機関投資家の双方を対象としたマルチアセットプラットフォームの拡充であり、事業からの撤退を意味するものではない。
Upholdが断行した17%の人員削減は、二つの要因を反映している。すなわち、深刻な暗号資産の弱気相場によってリテール取引収入が減少するという生存圧力と、消費者向け事業から法人向けAPI、オンチェーンステーキング、トークン化預金、機関投資家向けインフラサービスへと資本を意図的に再配分するという経営判断である。同社は、その未来を、リテールトレーダーの獲得競争ではなく、銀行や金融機関に対して規制されたオンチェーンファイナンスのレールを販売するという、より高マージンで守りの堅いビジネスモデルに賭けている。この賭けが実を結ぶかどうかは、機関投資家によるオンチェーンインフラの採用がどの程度の速さで進むかにかかっているが、その方向性は明確だ。